植物

ここでは,植物との出会いやその観察で感じたことなどを発信します。

P1 ブラジルチドメグサ,その驚異の繁殖力

 ブラジルチドメグサは,現在特定外来生物の指定を受けている繁殖力が旺盛な水生植物です。特定外来生物とは,外来生物の中で在来生物の生存の脅威となり,生態系に大きな悪影響を及ぼす可能性が高いもので,法令によって指定されます。増え続ける外来生物の中で,特定外来生物は厄介者の横綱ということになります。ブラジルチドメグサは,現在分布範囲は狭いですが,侵入した場所での繁殖力は驚異です。私たちが主に活動している福岡県南部でも,場所によっては一面を覆い尽くす勢いです。除草剤も一時的には有効なようですが,その場しのぎの感は否めません。今回はアサザの自生地とされる筑後市の県の水路でのブラジルチドメグサの繁殖状況について報告します。
 アサザの自生地とされていた県の水路では,2011年の終わりから2012年の初めにかけて,護岸工事のために,そこに生えていたアサザを一度堀り揚げて植え戻すという作業が行われました。しかし,アサザ移植後に直ぐにブラジルチドメグサが侵入して猛威を振るっています。私は2013年より現場でのブラジルチドメグサ駆除活動に参加しています。駆除は月に一回程度不定期的に実施されていますが,未だにブラジルチドメグサを駆除しきっていません。原因は,接続する水路からの断続的な侵入と地下に残存する繁殖可能な構造(栄養体または種子)が考えられます。種子からの発芽は福岡県ではまだ確認されていない?ようですが,完全に否定することもできないと思います。
 アサザとの繁殖力の違いについて考えます。アサザは浮葉(性)植物ですが,ブラジルチドメグサは抽水(性)植物です。抽水植物とは,栄養体の一部が水面を越えて成長する水生植物です。ブラジルチドメグサは暫くの間水面で葉を展開しますが,やがてその一部が水面から盛り上がっていきます。アサザの栄養成長は主に春から秋にかけてです。晩秋から冬にかけて浮葉は殆ど枯れ,栄養体も小さくなります。それに対して,福岡県ではブラジルチドメグサの栄養体は1年中成長しています。繁殖の最初のピークは春の終わりから夏にかけてです。水温が上がりすぎる場所では繁殖が抑制されるとの報告もあるそうですが,現場ではその傾向は全くありません。厄介なことには,アサザが活動を休止し始める晩秋から初冬に第2のピークと思われる増殖が見られます。原因は不明ですが,放置すれば大きな塊を形成します。そのためか,現場でも2018年12月の除去活動の折りに多数の栄養体が流れ着いていました。
 ブラジルチドメグサの栄養体は,節ごとに発根します。そのため,1節あれば繁殖可能とされています。さらに,現場での2018年の観察では,6月と12月に葉から発根しているのが発見されました。これが順調に成長するかどうかは確認できていませんが,条件が良ければ1葉からでも栄養生殖が可能なことを示唆しています。アサザも節から発根して分離して他の場所で繁殖することもありますが,その数はブラジルチドメグサに比べると比較にならない程少なく,また,漂着した場所にうまく土に根をおろさないと成長の継続が困難なようです。
 アサザの花期は春から秋とながいですが,ブラジルチドメグサの花期は4~6月とされています。ブラジルチドメグサの花は現場ではまだ観察されたことはないと思いますが,私たちは2014年周辺部の3ヶ所で確認しています。花茎は葉柄より短く花は葉に隠れるよう開花します。探す時は私たちの経験では,水上に展開した部分ではなく地上部とその隣接する部分を丁寧に探索すると発見できました。法律により持ち帰って継続観察はできませんので,これらの花や発達中の果実から繁殖可能な種子が形成されたかどうかは確認できていません。どうですかね。
 これらを総合すると,不明な点が多い有性生殖を除き,ブラジルチドメグサの繁殖力はアサザを遥かに凌駕しているようにみえます。私も,ブラジルチドメグサには申し訳ありませんが,やはり駆除する他ないような気がします。(H,S)

リンク
Ph1 アサザ基本情報 ,R1 がんばるブラジルチドメグサ

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P2 ヤマノイモのむかご,パーソナルベストを更新

 2015年より,自宅庭でヤマノイモの自由に繁殖できる場所を作りました。その結果,かなり大きなむかごが収穫できるようになりました。2㎝を越えるものも少なくありません。2018年はとびきりむかごの不作の年でした。そんな中自宅としては最大の大きさのむかごが収穫できたことは不思議な気がします。
 縦 38㎜  横30㎜  質量(生) 13.8gram
 2019年はこのむかごで発芽実験をやる予定です。(H,S)


<追記>
 2019年4月11日より開始した発芽実験の過程で,こぶのようにみえた部分が分離しました。二つのむかごは風雨に耐えてくっついていましたが,もともとは別々のむかごであった可能性は排除できません。改めて質量を測定したところ,大10.0gram,小2.0gramでした。これらの値から前年の大の質量を換算すると11.5gramになります。(2019年4月18日)

なお,発芽実験はカビ発生のため失敗でした。

<追記>
 2021年秋のむかごの収穫で,前記載の記録が破られましたので報告します。長さはむかごの付着点を基準(縦)にしました。やはり,複数のむかごが融合したようにもみえます。
 縦 30㎜  横36㎜  質量(生) 15.0gram
 なお,2022年にこのむかごで発芽実験に再チャレンジ予定です。


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P3 筑後市産アサザの繁殖について

⑴ そもそもの始まり
 筑後市のアサザとの最初の出会いは,2012年観察を依頼された南筑後保健福祉環境事務所関係の皆さんと共に,八女高の生徒をつれて移植された生息地にいった時のことです。県の方から「ここの集団はほとんどクローンに近いのではないか。・・・」などと説明を受けました。しかし,現場で観察をしたのはその年は,私は1回のみでした。観察は同僚の先生に任せていました。2013年,アサザが大好きだった同僚が転勤になってしまい,必然的にアサザと向き合うことになります。アサザとの付き合いは,不勉強と勘違いとを継続観察を通して修正していくことの連続でした。

 担当を交代して最初に取り組んだのが,学校での栽培環境の安定です。栽培容器は大きいとは言えませんので,直射日光を一日中浴びると高温になりすぎることがあります。そこでコンクリートと栽培容器の間にすのこをひき,上からすだれをかけられるようにしました。一応,一定の範囲で温度は以前より安定するようになりました。栽培容器内のアサザは毎日のように花を咲かせ,生徒も私もその日に開花する花の数を記録するのが日課になっていました。その春の終わり頃,子房が十分成長した団扇型の果実ができました。やがて,子房がはじけ,中から想像よりも遥かに大きな種子が出てきて,水に浮いていました。2012年も,子房が少し膨らんで小さな種子のような構造物(未成熟な種子?)がでてきたことはあったのですが,今度のものは見た瞬間に種子だとわかるものでした。そこで,最初の勘違いが生まれます。栽培方法の改善と種子形成を直線的に結びつけてしまいました。即ち,栽培法の改善によって,学校のアサザ(短花柱花型のみ)は種子をつけるようになったのではないか。栽培方法の改善と種子形成とは無関係ではありませんが,この2つを直線で結んではいけなかったと反省しています。これが最初の勘違いです。現在は,別の仮説を建てています。
 結実した子房を継続観察していると,やがて子房が破れ中から種子が出てきました。種子は初め水に浮いていましたが,やがて沈み始めましたので,あわてて種子7個を回収しました。学校にあるのは筑後市産アサザですから短花柱花型です。しかし,当時の学校には大先輩から頂いた四国産?の短花柱花型のアサザもありましたから,当然交雑した可能性も否定できません。この種子を育てて生育地に戻すことはできません。とりあえず発芽させてみようと,実験室内の窓際の水槽に無造作に4個入れました。残り3個は水に浸した状態で冷蔵保存しました。水槽で発芽の様子を観察する予定でしたが,発芽しないばかりか,水槽内は藻がはびこって最後には種子がどこにあるかも判らなくなりました。
 2013年は春から,私たちは現地でもアサザの成熟しそうな果実を探していました。現場での確認はその年の秋になりますが,何とアサザの葉の上にくっついていた,周りに毛のはえた,干からびたような構造物,これが最初にみたアサザの成熟した種子だったようです。写真も撮らなかったですね。このような風景は最初で,現時点では最後です。不勉強とは残念なことですね。

 アサザは異型花柱性で,それぞれ異なる型同士間で交雑が種子形成によいとされています。異型花柱性とは,それぞれの型によっておしべとめしべの相対的な長さや形態が異なる複数のタイプが同一種の中にあることで,自家受精を防ぐしくみに関係しているとされているようです。アサザの場合は3種類で,おしべに対してめしべが短い短花柱花型,おしべに対してめしべが長い長花柱花型,おしべとめしべの長さがあまり変わらない等花柱花型です。突然変異とされる等花柱花型以外では自家受精や同系統同士の受精では良好な種子はできにくいとされています。筑後市産アサザは短花柱花型のみです。学校にあるのも短花柱花型のみです。そこで,この「短花柱花型のみ」にこだわり過ぎることになります。

 2014年は,たった3個残ったアサザの種子による発芽実験からです。ネットで検索したところ,どうも発芽には日光が必要な感じでしたので,生徒は「アサザの種子は太陽光のあたる窓際で発芽する」という仮説を建て,3つの種子を1個ずつ別々のシャーレに入れ,1つは窓際,残りの2つは昼間蛍光灯をつけた定温恒温器に入れ,同時に発芽実験を開始します。実験を開始して約1週間で窓際の1個が発芽しました。約1週間後他に発芽していないことを確認し,今度は定温恒温器の中から1つを窓際に移動します。同様に発芽しましたので,その約1週間後に最後の1個が発芽していないことを確認し,定温恒温器の中から窓際に移動します。これも1週間程度で発芽しました。
 この実験にはおまけがあります。あの窓際の水槽内に無造作に放置していた4個の種子です。生徒は,藻にまみれた玉砂利の中から,そのうち3個を発見し,窓際の発芽実験に追加しました。そのうち2個は発芽してきました。水槽の中は光の条件が悪かったことになります。「突然アサザが繁殖しているのが確認された。」という話を聞きますが,この原因はこの実験が示すように「光のあたらない発芽条件の悪い環境で休眠していたアサザの(埋蔵)種子が,周りの環境の変化で発芽してきた。」と考えるのが自然だと思います。水鳥や人間の足に種子がくっついて移動することもあるでしょう。ちまたで囁かれる「善意もしくは悪意の人間によって栄養体が意図的に持ち込まれた」ということは少ないような気がします。
 この実験には,残念なことが2つあります。1つ目は,仮説は成り立ちそうなのですが,何といっても実験個体数があまりにも少ないことです。もう1つは,前述のせっかく育っている苗を棲息地に移植することができないことです。可能性は非常に低いかもしれませんが,他地域のアサザと交雑で種子ができたかもしれません。棲息地に移植するには少なくとも,棲息地の遺伝子の流れを組むものである必要があります。私は,極端な純系論者ではありませんが,筑後市の個体群は,今すぐに消滅しそうでもありませんので,移植を急ぐ必要はありません。
 そこで,現場での調査と探索を続けていると,多くの果実を実らせた株が見つかりました。果実が成熟して放出される種子のみを回収するのは大変ですので,栄養体の一部を持ち帰ることを考えました。一応,福岡県の絶滅危惧種に指定されていますので,系統の保存と現場の観察を依頼された南筑後保健福祉環境事務所に,採集の許可について問い合わせました。帰ってきた答えは意外なもので「特別な許可は必要ありません。」というものでした。
晩秋のことでしたので,栄養体にも繁殖能力があまり残っていなかったようです。実験室でも2~3個の花はつけましたがしだいに弱っていきました。特記すべきは,採集日に開花していた花は子房が発達しましたが,その後に開花した花は結実しなかったことです。これは,棲息地には,受精に相性のよい相手がいたことを示唆しています。結果的に果実6個から種子合計219個の種子を得ることができました。1つの果実あたり最大は56個で,これは現在まで破られていない棲息地記録です。
 生徒はこの種子を用いていろいろな発芽実験に挑戦しました。前回との違いは,種子を常温で保存したことです。前回と同じ実験も挑戦しています。使用した数は,確かそれぞれ25個ずつだったですかね。その春に退職しましたので,正確なデータが手元にありません。「アサザの種子は太陽光のあたる窓際で発芽する」という仮説が概ね証明できたような感じでした。そして,生徒が使用しなかった種子を自宅に持ち帰り,播種したことから次のストーリーが始まります。

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⑵ 長花柱花型が出現
 2015年,生徒が発芽実験に使用しなかった種子の発芽能力確認を自宅で行いました。生徒に選ばれなかった種子は果たして発芽するでしょうか。とは言っても大部分は普通に発芽できそうな種子でした。案の定,普通に発芽してきました。多くの実生を育てることは不可能なので,数個体を残して観察を続けました。やる気のなさと悪い環境下での栽培でした。結局,最後まで生き延びたのはたったの1株でした。その株が,2017年に最初の花をつけたのです。それも,長花柱花型でした。めしべの先端が花びらのように2つに分かれています。不勉強な私は,これは近親交雑による奇形ではないかと解釈しました。幸いなことにたまたま通りかかった佐賀県のクリークにアサザの長花柱花型が開花していました。確認すると自宅にある花とほぼ同じ形だったので,これが普通のタイプであることがわかりました。筑後市のアサザ個体群は,それなりに種子を形成し,短花柱花型のみによって構成されています。実生から開花した最初の花も短花柱花型だったことなどから,「筑後市のアサザ個体群は短花柱花型のみで系統を維持している」という仮説を私たちは一生懸命証明しようとしていましたので,少しがっかりしました。仮説をほぼ完全に否定できたことを,逆に楽しむこともできますよね。
 筑後市のアサザ個体群は,他地域と同様に長花柱花型の遺伝子をもった短花柱花型で,実生から育った長花柱花型は奇形ではなく他地域と同じ形をしているとすれば,もどし交雑などの交雑実験ができるなと考えました。

⑶ 2018年の交雑実験
 家族の許可をとり,この年からアサザを少しまじめに栽培することにしました。栽培用に新たなプランタを準備し,筑後市産の短花柱花型の栄養体を栽培し始めました。これは,現場で千切れて分離する直前の栄養体を採取したものです。筑後市のアサザ個体群では,水中で栄養体の茎の一部から盛んに発根している状態がよく観察されます。その一部は分離して移動していくこともあります。また,一度根をおろした栄養体が,原因は不明ですが次第に浮いてきて移動する場合もあります。このような現象は自宅の水槽でも確認できましたので,通常の繁殖戦略であると考えられます。最初に流されていくアサザの栄養体を見つけた生徒は,群落の消滅のサインと捉えたようですが,その要素もあることは否定できません。
 4月29日晴れ,自宅で最初の長花柱花型が開花しましたので,筑後市に出かけ現地で花を2つ持ち帰り人工授粉を行いました。無事受精が成立し,子房が発達してきました。6月に15個種子を得ることになります。この年は合計16個の花が咲きましたが,人工授粉を試みたのは1回のみでした。最終的にこのシーズンにゲットした種子は,短花柱花型と長花柱花型の人工授粉で15個,短花柱花型から3個,長花柱花型から1個でした。
 秋に短花柱花型からの2個の種子を残し,発芽実験をやってみました。「アサザの種子は太陽光のあたる場所で発芽する」という仮説に従い,日が差し込む縁側で実験を開始しました。途中,不注意にも長花柱花型から得られたたった1個の種子を水で流して,行方不明にしてしまいました。人工授粉からの種子は15個中11個発芽,短花柱花型からのものも発芽しました。発芽した12個体中人工授粉からの3個体の成長が悪く,発育途中で枯死しました。これは,成長に必要な重要な因子の欠落(致死遺伝子の存在)を示唆しています。
 自宅で栽培できる空間には限りがあります。とりあえず,里親を探すことにします。

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⑷ 2019年シードバンク作戦
 前年の交雑実験の結果から,筑後市産のアサザの種子を得ることは比較的簡単であることがわかりました。「種子は採取できるが,栽培空間は限られている。」この問題を解決するのに思いついたのが,種子で保管する(シードバンク)です。これなら,狭い空間でも可能です。2019年は種子の大量ゲットと保存にチャレンジしています。しかし,残念ながら,長花柱花型の花が6月までにはまだ2個しか開花していませんので,交雑実験は1回のみです。しかも,母方長花柱花型から採取できた種子はたったの5個でした。極めつけは,多少子房の発達がよかった母方短花柱花型の種子は,たった一回観察しなかった雨の日に流されてしまい行方知れずになってしまいました。こんなもんですよね。
 秋にもう一度チャンスをもらいたいと観察を続けていましたが,自宅の長花柱花型は花をつけませんでした。生育環境の改善を考える必要があります。しかし,10月,筑後市産のアサザに子房が良好に発達してきたものが1つだけ見つかりました。継続観察していると11月1日に子房が裂け種子が飛び出していました。父方はその当時唯一開花していた雑種第2代の短花柱花型だと考えられます。種子の内訳は成熟した種子3個と未成熟の種子(数えていないが十数個程度)でした。子房の形は左右相称なので,受精後しばらくは種子が良好に生育していたことが予想されます。しかし,多くの種子は初期発生に必要な成長因子が欠落しているため1㎜程度で発育を停止したのではないかと考えられます。
 ここで,これまでの観察で確認している筑後市産のアサザの受精から初期の発育までの成長因子の欠落についてまとめてみますと
① 子房の発育に必要な因子
  (子房が維持できずに早期に子房が枯死し脱落する)
② 種子の成長に必要な因子(今回の例)
③ 本葉の展開に必要な因子(2018年)
④ 本葉の成長に必要な因子(2018年)
などがあります。勿論,これらの成長因子にはそれぞれ複数の遺伝子が存在すると考えられます。

 最後に2019年の観察結果と今後の課題をまとめてみます。失敗したことは,目標でありましたシードバンク作りはゼロではない程度の成果です。また,陸上でのアサザの栽培は管理不行き届きのために全滅でした。これは自宅では諦めた方が良さそうです。
 種子から前年に発芽した株を,水をはったプランタ3つに移植し継続観察しました。プランタの内訳は,
Ⅰ 栽培中の筑後市産(短花柱花型)の自家受精?でできた子        1株
Ⅱ 雑種第一代(長花柱花型)と筑後市産(短花柱花型)と交雑でできた子  2株
Ⅲ 雑種第一代(長花柱花型)と筑後市産(短花柱花型)と交雑でできた子  2株
です。結果は,Ⅰは匍匐茎を伸ばしそれなりによく成長しましたが花はつけませんでした。Ⅱの2株とⅢの1株も同様によく成長し,それぞれ短花柱花型の花をつけました。しかし,Ⅲの1株は枯れない程度に生きていて匍匐茎を出さず花もつけませんでした。これと同様な現象は雑種第一代(長花柱花型)でも観察されました。2018年に栽培を始めた筑後市産(短花柱花型)のプランタの中に,雑種第一代(長花柱花型)の栄養体の一部を侵入させたのですが2019年終了時点では匍匐茎を出していません。栄養成長に周りのライバルなどとの競争関係が重要かもしれません。取り敢えず,ⅡとⅢの短花柱花型を里親に託し,残った株を継続観察しています。
 今後の課題としては,
① 栽培方法や授精方法などを少し工夫して,シードバンク作りをする。
② 花をつけなかった株を継続観察する。
③ 新たな里親を探す。
などが考えられます。

⑷ 2020年シードバンク作戦Ⅱ(方針転換)
 2020年は,前年に失敗した陸上でのアサザの栽培のプランタの代わりに,筑後市産(短花柱花型)と長花柱花型F1の種子から育てていた,室内で放置に近い状態だった最後の1株を,水を張ったプランタ(容器6)に植えました(5月24日)。自身の栽培・観察能力を考えて容器はこれ以上当分の間は増やさないことにし,水槽やプランタなどの名称を使用せず,容器1~6と呼ぶことにします。大きさも異なり栽培空間の条件も微妙に異なりますので,これらの栽培の結果を統計的に比較することは困難ですが,定性的にはだいたいの傾向をつかむことができるものもあると思います。容器の大きさは,
 容器1 > 容器2 > 容器3 ≒ 容器4 ≒ 容器5 ≒ 容器6
です。設置場所は容器1のみが母屋の南の縁側で,他は自宅の西側隅にあり,南から容器2~6の順に縦に並び,ともに南側から太陽があたる場所にあります。

容器1 筑後市産(短花柱花型)の種子から育てた株(長花柱花型F1)            
容器2 筑後市産(短花柱花型)                       
容器3(Ⅰ) 筑後市産(短花柱花型)の自家受精?の種子から育てた株(長花柱花型)     
容器4(Ⅱ)筑後市産(短花柱花型)×長花柱花型F1の種子から育てた株(短花柱花型)  
容器5(Ⅲ)筑後市産(短花柱花型)×長花柱花型F1の種子から育てた株(長花柱花型))
容器6 筑後市産(短花柱花型)×長花柱花型F1の種子から育てた株(短花柱花型)    

 下の表は2020年各容器の月別の開花数の変化を示したものです。長花柱花型の開花は春から初夏にかけた短い間に限られ,その数も短花柱花型に比べて少ないことがわかります。容器1は前年に水漏れを起こした水槽から移植したもので,移植の影響も否定できません。容器3(Ⅰ)の長花柱花型は,前年栄養成長のみで花を形成しなかった株が初めて開花したものです。容器5(Ⅲ)の長花柱花型は,前年は枯れない程度に生育していたものです。偶然にも,容器の奇数番号が長花柱花型になっています。これらは,いずれも種子からの栽培によって得られた株ですが,発芽から開花までに1年以上掛かっています。
 栽培容器の大きさや栽培条件が異なりますので数を単純比較はできませんが,2020年も短花柱花型に対して長花柱花型の開花数が少ないようです。なお,容器6の短花柱花型は2020年5月にプランタに移植したもので,6月30日に最初の花をつけました。2020年は2019年より,開花時期はやや遅れましたが,開花数は多いようです。5月末までに,F1の長花柱花型も4つ開花し3回の交雑実験を実施できました。その内1回は全くの失敗でしたが,原因は不明です。残りの2回は相互に授粉させることに成功して,比較的良好な種子を得ることができました。
 2020年は,開花数の急激な増加や人工受粉以外の種子形成事例が増加したため,個々の結果を追いかけることができなくなりました。個人宅では,栽培できる株数や種子を保存できる空間も限りがあります。2021年は保存する種子の類型化を行い,その類型毎に冷蔵もしくは室温の保存を試みたいと思います。(2021年1月15日追記)

2020年 容器1
(長花柱花型)
容器2
(短花柱花型)
容器3
(長花柱花型)
容器4
(短花柱花型)
容器5
(長花柱花型)
容器6
(短花柱花型)
合計
4月 0 0 0 0 0 0 0
5月 4 42 2 26 3 0 77
6月 0 70 8 54 2 1 135
7月 0 60 0 29 0 18 107
8月 0 57 0 29 0 63 149
9月 0 15 0 4 0 42 61
10月 0 4 0 0 0 18 22
11月 0 1 0 0 0 0 1
12月 0 0 0 0 0 0 0
合計 4 249 10 142 5 142 552


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⑷ 2021年シードバンク作戦大失敗
 2021年は様々な要因で開花数は下表のような悲惨な結果になりました。夏の長雨の影響もないとは言いませんが,栽培環境悪化が主因ではないかと考えます。十分に発達した果実が形成されたのはたったの1回のみで,それも種子の回収には失敗しました。栽培中のアサザは肥料も追加せず連作していることになるので,次年は,液肥を加えてみようと思います。




2021年 容器1
(長花柱花型)
容器2
(短花柱花型)
容器3
(長花柱花型)
容器4
(短花柱花型)
容器5
(長花柱花型)
容器6
(短花柱花型)
合計
4月 0 0 0 0 0 0 0
5月 3 3 0 0 4 16 26
6月 0 12 0 0 0 4 16
7月 0 9 0 0 0 4 13
8月 0 0 0 0 0 7 7
9月 0 0 0 0 0 9 9
10月 0 0 0 0 0 3 3
11月 0 0 0 0 0 0 0
12月 0 0 0 0 0 0 0
合計 3 24 0 0 4 43 74


⑸ 2022年シードバンク作戦再チャレンジ

 2022年は,3月に液肥(ハイポネックス)を加えシードバンク作戦に再チャレンジしてみました。2022年は施肥の効果もあり,比較的多くの種子を集めることができました。種子は常温で乾燥した後に家庭用の冷凍庫で保管することにしました。後日,発芽実験もやってみることにします。
 なお,下記の表にそれぞれの容器での月別の開花数を示します。


2022年 容器1
(長花柱花型)
容器2
(短花柱花型)
容器3
(長花柱花型)
容器4
(短花柱花型)
容器5
(長花柱花型)
容器6
(短花柱花型)
合計
4月 0 0 0 0 0 0 0
5月 16 33 7 25 16 25 122
6月 12 56 1 25 2 24 120
7月 5 59 0 12 0 31 107
8月 11 31 0 3 19 29 93
9月 11 19 0 0 9 28 67
10月 6 3 0 0 3 3 15
11月 0 0 0 0 0 1
12月 0 0 0 0 0 0 0
合計 62 201 8 65 49 140 525


⑹ 2023年,何もしない作戦
 2023年は,人工授粉を全く行わずにどの程度種子が形成されるかを試してみることにしました。しかし,実際には果実形成を正確に記録することができなかったので,各容器の開花数の概数を報告します。

2023年 容器
(長花柱花型)
容器2
(短花柱花型)
容器3
(長花柱花)
容器4
(短花柱花型)
容器5
(長花柱花型)
容器6
(短花柱花型)
合計
4月 0
0 0 0 0 1
1
5月 36 95 10
55 24 39 259
6月 36
114 3 40 43 19 255
7月 19 61 0 16 30 30 156
8月 2 3 0 5 3 12 25
9月 3 3 0 5 2 20 33
10月 0 0 0 0 0 3 3
11月 0 0 0 0 0 0 0
12月 0 0 0 0 0 0 0
合計 96 276 13 121 102 124 732




(H,S)


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リンク
Ph1 アサザ基本情報, P5 筑後市産アサザの自家受精と長花柱花型について

P4 アジサイのかざり花と体細胞に生じる遺伝的変異

 私が高校の生物で学習する内容で,時間軸を長めにとればかなり怪しいなと思うことが2つあります。その1つは「体細胞に生じた遺伝的変異は生殖細胞に伝わる可能性は非常に低く,子には殆ど遺伝しない。」で,もう1つが「無性生殖では親個体と同じ遺伝子をもつ個体しか生じない。」というものです。逆に,特に植物において,「体細胞(分裂組織)に生じた遺伝的変異は場合によっては生殖細胞に伝わり,子に遺伝する」,「植物体の一部に生じた遺伝的変異はその部分からの栄養生殖で子の代に伝わることがある。また,有性生殖時では,その細胞から生殖細胞が形成されると,その種の遺伝的多様性の増加に寄与する場合もある。」と考えています。別の言い方をすれば,「時間軸を長めにとれば,体細胞分裂や無性生殖は単なる遺伝子の単純コピーばかりではなく,多くの多様性をもたらす」という考えです。この考えは,別に私のオリジナルではないわけですが,何故か高校教育では封印されている気がします。

 今回のネタはアジサイのかざり花(がくに対応する部分が花びらのように成長したもの)です。庭のアジサイは亡き母が愛でたもので,現在は塀際に1株だけ残っています。塀際にありますので,私にとっての課題はお隣にできるだけ迷惑をかけないように栄養成長を押さえ込むことです。あまり剪定し過ぎますと花が咲きませんので,つれあいから叱られます。今年の花のできは普通です。「その花だけ変わっているから採って。」とつれあいから言われましたのでよく見てみますと,花びらのように見える「かざり花」がその枝だけ八重になっていました。後日いろいろな枝を確認したところいろいろなパターンがありそうなので調べてみることにしました。
花のついた茎全体または茎に対する花の配列状態を花序といいます。花の配列状態については古典的な分類でもあり,素人では判断が難しい場合が多々ある感じです。ネットなどを参考にしてアジサイの花序を観察すると,散房花序状の複集散花序ではないかと思います。散房花序とは,花柄が別々の場所から伸び,開花している場所が茎の上で曲面状に並んでいるもの(テマリ咲き)です。アジサイの花は上方で曲面状に並んでいますが,花柄は順番に分岐をしている訳ではありません。そこで散房花序「状」となる訳です。集散花序とは花柄が3つに分岐してその先に花をつけるパターンです。そのうち2つが再び分岐を繰り返すものが複集散花序です。いくつかのアジサイの花を観察しますと,確かにこれに近いパターンにはなりますが,これが正解だと納得できるまでには至りませんでした。皆さんも考えてみてください。ここで確認すべきは,アジサイの花序を正確に同定するより,アジサイの花の集団は,複数の分岐の結果で形成されていることを確認することです。
 まず,現状を確認してみました。花柄は,通常のものは同じようなパターンで規則的に分岐しているのに対し,変異が見られる枝はまるで通常の枝が分かれるような大きな花柄の分岐がおこり花序はテマリ咲きにはならずに複数の塊(小テマリ)に分かれています。1つの株(個体)に様々な変異がありました。1つの花序全体に変異が見られるもの,一部の分枝に変異が見られるもの,全体的に変異が見られるが一部に正常な花もつけているものなど多くのパターンが存在することが判明しました。
 また,1つの花序の中にあるかざり花やその他の形質についても多くの変異レベルが見られます。アジサイの花の基本は,萼(かざり花)4,花弁4,おしべ8,めしべ1のようです。アジサイの開花は意外に遅くかざり花の色が褪せてきた頃に始まります。花が八重になる原因としては,おしべの減少がよく知られています。しかし,変異が観察された花の中におしべの数が明確に減少しているものはありませんでした。むしろその逆で,花弁及びおしべもかざり花と同様に明らかに増加傾向がみられます。数・形については安定していないようです。なお,めしべの数は増加していませんがその体積と柱頭の突起の数は増加傾向にあります。

 この変異の原因について考えてみましょう。私が思いつくのは次の3つです。
① ウイルス・細菌・カビなどの病原体感染
② エピジェネテックな形質発現(DNA 塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化)
③ 分裂組織の細胞に生じた遺伝的変異
残念ながら,これらの原因について特定することは素人には無理ですね。①のウイルス・細菌・カビなどの病原体感染ですが,様々な変異レベルを病原体の繁殖状況で説明することもできます(やや無理がありますが)。また,非遺伝的な要素を証明または否定するにはアジサイの花形成のメカニズム全体を解明する必要があるでしょう。私は,花に関する変異が分岐からの集団でだいたいグループ分けできそうなので,③の分裂組織の細胞に生じた遺伝的変異を推したいと思いますが,あまりにも観察例が少ないのが難点です。

 今回のテーマは「体細胞に生じた遺伝的変異は遺伝する可能性もあるのでは?」ということです。アジサイの花の変異が遺伝的変異という保証はありませんが,その可能性は十分にあると思います。花芽形成(生殖器官)に近い段階で存在する遺伝的変異は,配偶子に受け継がれ次世代へ遺伝します。もし,アジサイのかざり花の変異が遺伝的なものであるとすれば,体細胞に生じた遺伝的変異が次世代に遺伝する身近な例となります。アジサイに関する信頼できそうなネット情報は,「種子はつけにくいが,種子から育てると新しい品種ができることがある。」とのことです。これはアマチュアの育種家にとっては魅力的な響きがありますが,アジサイを遺伝の研究材料に使用するのは不向きであることを暗示しています。私も種子など見たことがない気がしますし,花が終われば剪定するのが普通です。今年は,数個の花序を残して見ますかね。取り敢えず,花序全体が変異している枝の今年の茎を,挿し木してみようかと思います。

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<追記>2019年7月28日
 八女の自然に親しむ会の活動でみやま市を歩いておりますと,茎が板状に変化したタカサゴユリ?がありました。幅は10㎝位もあります。「何ですかこれは?」と尋ねると,会員のひとりが「石化だと思います。」とのことでした。自宅へ戻り調べてみますと,ウィキペディアに「帯化」という項目で記載されていました。綴化(てっか)ともいうそうです。概要については,「植物の茎頂にある成長点で、頂端分裂組織に異常が生じることで起こり、茎や根、果実、花などが垂直に伸長したり、リボン状に平坦になるといった外見的な変形が見られる。また、比較的まれにではあるが、花茎の先端がコップ状にへこむ輪状帯化を生じる場合もある。・・・」となっています。また,原因については,「分裂組織の突然変異や遺伝的な原因のほか、細菌の感染や昆虫、ダニなどによる傷害を受けることで生じるとされる。・・・」と記載されています。
 自身の不勉強が恥ずかしくなりましたが,改めて「石化」という視点で自宅のアジサイの変異を眺めてみますと,茎や花の一部が融合しているように見えるものも多数あります。石化という現象だけで,自宅のアジサイの変異をすべて説明してしまうのは危険だと思いますが,自宅のアジサイの一部の枝には石化が起こっていることは事実のように感じました。
 ともあれ,体細胞に発生した変異が,多くの種で遺伝的にも十分機能していることを知ることができました。

<追記>
 2020年,自宅でのアジサイのシーズンがほぼ終了しましたので,気がついたことを追記します。前年に引き続き,様々な変異が観察されました。変異が現れる枝の共通の特徴は,通常の枝に比べ成長が遅いことです。その結果として,通常の枝は全体として大きなテマリ状の花序になりますが,変異が現れる枝はやや小降りの少し分離したような花序をつくります。この結果は,何か成長に関係する因子に変化が生じていることを示唆しています。変異が一方向の形態変化を起こしていないことから,原因はウイルス感染などの病気的な因子であると考えるのが自然でしょう。

(H,S)

 

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P5 筑後市産アサザの自家受精と長花柱花型について

 

 アサザの生殖の話をすると,必ず語られるのが異型(形)花柱性です。そこで,異型(形)花柱性についてネットで検索すると,納得がいく説明がありましたので引用します

筑波大学の花のタイプhttp://www.biol.tsukuba.ac.jp/~algae/BotanyWEB/flower2.html
同種内において、花によって雄しべや雌しべの長さが異なることを異花柱性 (異形花柱性、異形ずい性 heterostyly) とよび、そのような花を異形花柱花 (異形ずい花 heterostylous flower) とよぶ。例えばサクラソウ (サクラソウ科) やナス (ナス科) は二形花柱性 (二異花柱性 distyly) を示し、雌しべが長く雄しべが短い長花柱花 (ピン型 pin type) と雌しべが短く雄しべが長い短花柱花 (スラム型 thrum type) がある。またミソハギ (ミソハギ科) やアサザ (ミツガシワ科) では雌しべの長さに長・中・短がある三形花柱性 (三異形花柱性 tristyly) を示す。ふつう異形花柱性は自家不和合性と結びついており、有性生殖は異なる型の花の間でのみおこる。

 「型」と「形」は,どちらが正しいかはわかりません。ネットでも両方が存在しています。筑波大学の説明では本来は「異なる形」であるということに由来しているような気がします。しかし,だんだん最後の下線部で示すような有性生殖との関係が重要視されるようになり「型」が使われるようになったのだろうと推察しています。
アサザは異型花柱性で,おしべに対してめしべが短い短花柱花型,おしべに対してめしべが長い長花柱花型,おしべとめしべの長さがあまり変わらない等花柱花型の3種類があります。等花柱花型については,栽培の経験も観察経験もなく,知識はすべてネット情報です。今回は観察例からの推察ですので,検討の対象から外します。幸い,アサザでの異型花柱性の議論は短花柱花型と長花柱花型との間で行われることが多いようです。


⑴ 自家受精もしくは同一株内での受精と判断した例

 まず,「アサザの短花柱花型及び長花柱花型では,自家受精もしくは同一株内での受精は起こらない。」という作業仮説を建ててみましょう。これを証明するのは殆ど不可能ですが,否定するのは一見簡単そうにみえます。反例を示せばよいのです。しかし,学校や家庭の片隅で栽培しているアサザの場合,簡単ではありません。たとえ単独株のみで栽培していたとしても,周辺からの送粉者による花粉の持ち込みを完全には否定できないからです。そ こで目撃者のいない犯罪捜査のように状況証拠を重ねていく手法を用いるしかありません。
最初の例は,2014年初夏の八女高在任中の時のものです。アサザの花は通常前日に蕾が立ち上がり,次の日に開花します。しかし,天候が悪いと立ち上がった蕾が開花せずにしおれてしまうことがあります。その中の1つから1個だけ比較的普通の種子が採取されました。シャーレに水をはり初めは継続観察していました。1ヶ月以上は水に浮いた状態でしたが,気がつくといつのまにか沈んでいました。放置したまま忘れていますと,9月には発芽していました。きちんと継続観察をするできだと反省しています。しかし,ほぼ自家受精と考えられる種子が正常に発芽するという最初の例だと考えています。
 2018年より,自宅で種子から育てた長花柱花型(F1)以外に,筑後市からのアサザ(短花柱花型)も栽培し始めました。幸いなことには,共に花期が重ならず比較的沢山の開花がみられました。長花柱花型(F1)は16個の花をつけ,人工授粉に使用しなかった15個のうち1つの花だけに1個だけ種子が形成されました。また,筑後市からのアサザ(短花柱花型)では,開花した45個の花の中で3つの花に1個ずつの種子が形成されました。おそらく,送粉可能な範囲に他のタイプのアサザは存在していないと思われますが,確証はありません。そこで,状況証拠を考えていきます。4つの花の共通点をみていきます。共に子房は大きく発達することはなく,また左右どちらか膨らむような変形もみられませんでした。逆に,種子は一方がやや膨らんでいました。写真では短花柱花型で形成された最初の種子を示しています。長花柱花型の種子はやや小ぶりでしたが,あろうことか発芽実験の終了後に紛失してしまいました。一応,写真で果実の様子を示します。発芽しなかった種子を集めて継続観察をしていたのがあだになりました。

 それでは,これらの4つの花で「アサザの短花柱花型及び長花柱花型では,自家受精もしくは同一株内での受精は起こらない。」ことを前提に推論してみます。
まず,周辺部の送粉可能な場所にアサザⅩとアサザYが存在していると仮定します。アサザⅩは自宅の長花柱花型との間で種子ができるタイプ,アサザYは自宅の長花柱花型との間で種子ができるタイプであると仮定します。2018年の自宅長花柱花型の開花観察期間は5月1日から5月15日ですので,この期間のどこかでアサザⅩを訪れた送粉者がたまたま自宅の縁側にある長花柱花型の花の咲いている水槽を瞬間的に訪れたと説明できます。短花柱花型の場合はどうでしょうか。開花期間は,6月17日から10月8日と長きに渡りました。最初の種子は最初の花に形成されました。この時は,数匹のハナバチの仲間が花の周りで飛び回っていました。種子が形成されるのではないかと思い観察を続けていると,6月17日に期待通り種子が確認できました。他の2個の種子については受粉の日は特定できませんが,それぞれ採取されたのが8月13日と10月12日ですから,その約1ヶ月前位と推定されます。アサザYの花期は6月上旬から9月下旬以上であったと仮定すればよい訳です。これは,アサザの開花期間としては普通です。アサザYを訪れた送粉者が自宅南側の筑後市産のアサザを栽培しているプランタをたまたま訪れ,タッチ&ゴーのような瞬間的な接触で受粉が成立し,その花粉の中のたまたま1つのみで種子形成ができたと考えられます。これらの過程が何回あったかはわかりませんが,3回は同レベルの受粉が成功したという訳です。アサザYという同じ親からの花粉ですから,種子の形に同様な形態変化がみられるのは当然です。

 このような一連の推察を述べられても多くの人は納得しないでしょう。科学的にそのような可能性は排除しないという態度が懸命ではないかと思います。ですから,ここでは,形成されたこれら5個の種子の例は,自家受精に有利な状況証拠として話を進めていくことにします。なお,証明された訳ではありませんので自家受精?と記述します。
 短花柱花型のみの個体群で種子が形成されたことを報告すると,一番に飛んでくる質問が「近くに長花柱花型はありませんか?」です。答えは殆どが「現時点までには確認されていません。」となるだろうと思います。私有地の存在する空間で長花柱花型のアサザが存在しないことを調べることは事実上不可能です。この事実上不可能な問いに対して,科学的に対応する方法はないのでしょうか。その解決方法の1つが,交雑実験や自然交雑の結果を丁寧に積み上げていくことだと思います。


<追記>
「幻のアサザを訪花した送粉者が,自宅のアサザにタッチ&ゴーのような短時間での受粉を起こすことはない。」ということをより確かなものにするためには,送粉者の行動を観察する必要があります。今まで,自宅で観察した送粉者は,鱗翅目・膜翅目及び双翅目です。この中で種名がわかるのはヤマトシジミくらいです。一番多く訪花するのはハナバチの仲間です。彼らは花の中を精力的に動きまわり蜜?と花粉を集めます。写真は長花柱花型を訪れたハナバチの仲間ですが,「どうして長花柱花型の花は受粉をするの?」という疑問に行動で答えを教えてくれました。彼らはめしべの花柱をまるで通路のように動きまわります。当然,花粉を柱頭につけることもあるでしょう。自家受精の起こる可能性も生じます。他の送粉者も,ハナバチの仲間のように花の中を縦横無尽に動きまわることはあまりありませんでしたが,比較的長時間花に留まっていました。これらの観察からも,タッチ&ゴーのような受粉は想定しづらいようです。
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⑵ 発芽実験とその後の途中経過

 自家受精?の種子の中で長花柱花型のものは発芽実験観察期間には発芽しませんでしたが,長い期間の継続観察には失敗しましたので,短花柱花型のものについて報告します。種子は水の中に常温で保存していた最初の1個を使用しました。発芽実験は2018年9月に実施しました。種子は約5日で発芽し,順調に成長しました。そこで,2019年5月にプランタに移植して継続観察を続けました。写真は2019年のプランタでの栽培の様子を示したものです。筑後の短花柱花型×自宅の長花柱花型でできた種子の苗と同時に並べて栽培しました。交雑でできた種子からの苗の1株を除き,苗は順調に成長しました。順調に育った3株は次々に花をつけ,すべて短花柱花型でした。しかし,順調に育っているようにみえる自家受精?の種子からの株は花をつけませんでした。
 ここで,私の胸は少しだけ躍りました。この花をつけなかった自家受精?の株は佐賀県にある花をつけないアサザと関係があるのではないか。「花のつけない系統の現れる要因の1つは,自家受精ではないか。」という発想が頭をよぎりました。よし,3年間栽培して花をつけないことを証明?しようと思いました。また,最初は競争に負けて枯れるかもしれないと思った株は,「長花柱花型かな」と考え,隣の株を里親に預け,1つのプランタにその株のみの状態にして継続観察することにしました。
 成長の悪かった株は,2020年には少しずつ匍匐茎を伸ばし,5月に花を咲かせました。予想通り長花柱花型でした。しかし,これに先立って予想に反して自家受精?の株も花芽をつけました。開花は不完全なものでしたが長花柱花型でした。ここでまた,少しだけ胸が躍ります。長花柱花型には,様々な意味があり,異型花柱性の説明に別のシナリオが書けるのではないか?そこで,常温で水中に保管してある残りの2個の種子の発芽実験を行いました。結果は,写真の通りで,1年半以上も水中にあったにも関わらず,普通に発芽してきました。この2つの種子からどのような花が咲くか楽しみにしながら育てていこうと思いました。無事発芽してくれたものの,自家受精?の種子は, 1ヶ月間ほとんど成長せずに枯れていきました。種子の栄養が不足していた可能性も否定できませんが,致死遺伝子が作用している可能性が高いと思います。自家受精?の種子ですので致死遺伝子が発動する可能性は通常の交雑よりも高くなることが予想されます。自家受精?の種子は得られる数も少ないし,致死遺伝子も発現するようですので,系統的に追いかけるのは無理のようです。
 2020年は,結果的に長花柱花型の株は3株,短花柱花型の株も3株になり,複数の株が同時に開花している日が増加しました。その結果,様々な形態の果実が形成され,種子の形状にも差異が観察されました。


 アサザの種子形成過程の類型化を試みる

 一連の問題の理解を深めるために,観察結果を視点別に類型化する方法を提案します。アサザは蕾が水上に突き出して開花し,一日花で花がしぼむと次第に水中に戻っていきます。花柄は受精が成立していないときはやがて枯れて離脱しますが,受精が成立していても1ヶ月程度で離脱します。種子は離脱した子房の朽ちて柔らかくなった部分からでてきます。離脱した子房も種子も,ともに水に浮くもの沈むものがあります。形成された子房の形状も色々ですし,種子の大きさや色・形・構成も様々です。そこで,繁殖成功ということを加味しながら,類型化を試みました。

[形成された子房の発達の仕方]
A1 子房はあまり発達せず,早期に離脱する。(種子の形成なし。)
A2 子房はあまり発達しないが,一定期間離脱せず,種子を形成する。
   (子房は細い槍型)
A3 子房は少し発達するが,花柄の軸に対して大きく一方に偏る。
A4 子房は中程度に発達し,花柄の軸に対して大きく一方に偏ることはない。
   (子房はやや膨らんだ槍型または団扇型)
A5 子房は大きく発達し,花柄の軸に対して大きく一方に偏ることはない。
   (子房はやや膨らんだ槍型または団扇型)

[果実に含まれる種子の構成]
B1 子房の中で種子が形成された痕跡は肉眼では確認できない。(種子ゼロ)
B2 子房の中に小型の未熟な種子のみが形成される。
B3 子房の中に成熟した1個の種子が形成される。
B4 子房の中に成熟した種子及び小型の未熟な種子が形成される。
B5 子房の中に成熟した種子複数個が形成され,小型の未熟な種子は殆ど形成されない。

[種子の形状]
C1 小型の未熟な種子
C2 通常サイズで半透明な種子(未成熟?)及び発育異常のある種子
C3 通常サイズでやや変形がみられる種子
C4 通常サイズでやや色が薄い種子
C5 通常サイズで通常色(暗褐色)の種子

 これらの類型はそれぞれ現時点では,数の大きい方が良好な受精が成立したと考えています。発達した子房の中には複数の種子が形成されますので,1つの子房には複数の形状が混在する場合があります。その場合,種子数はC3~C5の合計で示し,C2の数は合計に含めずに( )に示すことにします。この合計の数は,今までの発芽実験で発芽が確認されているものの合計です。しかし,C2が本当に未成熟な種子かどうかは発芽実験で今後確かめる必要があります。また,C2とC4及びC4とC5の境目も不明確です。


<追記>
 これらの類型を基に,短花柱花型と長花柱花型の同時開花がみられなかった2019年までの観察データを整理してみました。自宅で種子形成が確認されたのは5回で,2018年に筑後市産の短花柱花型でA2・B3・C3が3回,F1の長花柱花型でA2・B3・C3?が1回,2019年はA4・B4・C1・C5が1回です。2018年のものは,幻のアサザを訪花した送粉者が,自宅にやってきてタッチ&ゴーのような短時間での受粉が起これば説明できるという無茶な理論を展開して,そんなことはなさそうで自家受精の可能性が高いのではないかということを述べました。
 2019年のA4・B4・C1・C5についてはどうでしょうか。この年はF1の長花柱花型は殆ど開花していない時期に,種子からの3個体の短花柱花型が断続的に開花しました。これらはF1の長花柱花型と筑後市産のアサザとのもどし交雑でできたF2です。そのような状況下で栽培中の筑後市産の短花柱花型に1回だけ10月に子房の発達がみられました。中から成熟した種子3個と小型の未成熟な種子多数とが出てきました。F1の長花柱花型と筑後市産の短花柱花型との交雑では,1回も多数の小型の未成熟な種子は観察されていません。そのため,未成熟な種子が多いことは,筑後市産の短花柱花型を受粉させた花粉は,幻のアサザからではなく,F2の短花柱花型からである可能性が高いことを意味しています。
 2020年は自宅でも多くのアサザが開花しました。2020年の特徴としては,人工受粉を行わなかった花でも複数の果実が形成されたことです。類型別でも殆どのタイプが観察されました。逆に,多数の株が同時に開花することが多くなり,自家受精?の種子を発見することは事実上不可能になりました。形成された種子で発芽実験を試みましたが,種子の類型別に整理できるようなデータは得られませんでした。自宅で栽培すると限られた空間で統計的に比較可能なデータを作ることは酷しいと考えます。そこで今後は,本来の目標はシードバンクを作ることですので,C2とC4及びC4とC5の境目などという微妙な問題は棚上げして「どのような種子をどのような方法で保存するか」という課題に取り組みたいと思います。

⑷ 長花柱花型にはどのような生物学的意義があるのだろうか?

 観察結果を素直に解釈すると,少なくとも短花柱花型では長花柱花型の株からの花粉で受粉しなくとも,同系統間で種子形成をすることがあるということが考えられます。野外の観察では母方は明瞭ですが,父方は簡単にはわかりません。2014年のように1つの茎に多くの果実が形成されているのを観察したのは1度だけです。

 ネットで検索すると,下記のものがありましたので紹介します。

「アサザ発見!」ってホンマか? 有性生殖の新事実
平嶋祐大・木谷亮太・岡田遼太郎・久野透子・奥藤珠希・山田愛子
(兵庫県立大学附属高等学校 自然科学部生物班)
https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei11-p100.pdf


 この論文を取りあげたのは,成熟したA5の果実が鈴なりの写真が掲載されていたからです。人工授粉はあまり成績がよくないようですが,野外と実験室では,もらえる花粉の質も量も異なると考えれば当然の結果かもしれません。しかし,ここで重要なことは短花柱花型間の交雑で結実が成立したことだと思います。「アサザは短花柱花型のみでも種子形成する場合がある。」という可能性を強く示唆するものであることは間違いありません。
 現地のアサザは移入されたことがわかっているようです。移入元が特定できるのであれば,移入元とも比較ができて面白いと思います。私の勘ではかなり違ったものになっている可能性が高いのではないかと思いますが。
アサザと付き合っていく中で,最も残念なのは,特定の自生地とされる個体群のみに価値を主張する考えが根強いことです。逆に,移入された個体群は極端に低い評価となります。兵庫県立大学附属高等学校が取り組んだ相生市のため池のように移入されたことがわかっている?例は,その事実だけで残念なことにされます。しかし,このため池のアサザ個体群のように大量の種子が形成されるものは,アサザの種子形成の仕組みや遺伝的な多様性の観点で,私には非常に重要だと思われます。

 「アサザは短花柱花型のみでも種子を形成する場合がある。」とすれば,長花柱花型にはどのような生物学的意義があるのでしょうか。一般に言われているように,異型間の交雑の方が同型間の交雑より種子を形成しやすいのは間違いがないと思われます。しかし,「アサザは短花柱花型のみでも種子を形成する場合がある。」訳ですので,異型花柱性が必ず必要なものでもなさそうです。そこで,以下のような仮説を考えてみました。

 「異型花柱性は,アサザにとって種の遺伝的な多様性をつくり出す重要な手段ではあるが,種の遺伝的な多様性をつくり出す手段は他にも存在している。」

 この異型花柱性以外の観点については,別のコーナーで考えてみようと思っています。勿論,アサザの遺伝的な多様性に関して,異型花柱性と独立ではないと思いますが。

(2021年1月23日更新)

(H,S


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