ここは,「おまけ」のページです。本来のテーマからは大きく外れて,元教師のペンネーム「むしょく」さんの私見を発信します。ネタは現行の高校教科書からの学びです。このホームページのテーマは「自然を感じる」ですから,違和感があります。私見であることを十分理解してご覧ください。なお,長期にわたる作業中となることをご容赦ください。
Ⅼ1 高校生物入門
Ⅼ2 生物と遺伝子(生物基礎第1章)
Ⅼ2-1 生物の多様性と共通性
Ⅼ2-2 細胞とエネルギー
Ⅼ2-3 遺伝子とその働き
Ⅼ3 生物の体内環境の維持(ヒトの体の調節;生物基礎第2章)
Ⅼ3-1 体内環境
Ⅼ3-2 体内環境の維持
Ⅼ3-3 免疫
Ⅼ4 生物の多様性と生態系(生物基礎第3章)
Ⅼ4-1 植生と遷移
Ⅼ4-2 気候とバイオーム
Ⅼ4-3 生態系とその保全
Ⅼ5 生命現象と物質(生物第1章)
Ⅼ6 生殖と発生(生物第2章)
Ⅼ6-1 優性生殖
Ⅼ6-2 動物の生殖
Ⅼ6-3 植物の生殖
Ⅼ7 環境と生物の反応(生物第3章)
Ⅼ8 生態と環境(生物第4章)
Ⅼ9 生物の進化と系統(生物第5章)
Ⅼ10 生物雑談(学部屋2へ移動しました。)
Ⅼ10-1 ツマグロヒョウモンの擬態と蛹の色
Ⅼ10-2 サツマイモの塊根,地面から脱出する
Ⅼ10-3 コロナ禍を学びの糧にしよう
Ⅼ10-4 アケビの仲間の花形成をABCモデルで説明してみよう
Ⅼ10-5 ヤマノイモの不思議を楽しもう
Ⅼ10-6 ヤブカンゾウの秘密を探ってみよう
Ⅼ10-7 テッポウユリのむかご?木子(きご)?について
Ⅼ10-8 タンポポを調べてみよう
Ⅼ10-9 オオバコを観察してみよう
こんにちは,終活じいさんの「むしょく」です。教育の現場を卒業して,やや自由な立場で高校の生物について語ります。
Ⅼ1 高校生物入門
○ 生物学を学ぶ意義の1つはフェイクニュースの時代に生き残る力を身につけることだろう。
・・・事実と説明を区別して捉える癖をつけよう。
情報化社会と言われだして久しいですが,近年めざましい勢いで増加しているのが偽情報です。以前にも選挙期間中には怪しげな噂が流布されることはありましたが,これが現在は場合によっては世界規模で伝播しています。身近にも,アルバイトなどを使って自分の意見や店の味の評価を高めている人や団体が少なからず存在するようです。政治やお金のことが絡まない科学の世界でも,特定の専門家の意見が現時点で最も有力な考えであるかのような解説を耳にすることは少なくありません。この情報は氾濫しているが真偽の判断がつきづらいものが多数ある時代で,どのように対応すればよいのでしょうか。フェイクニュースでは,事実を断片的に伝えて,攻撃したい相手に対して不都合な解釈をつけたりするやり方がしばしば用いられます。そして,巧みに多くの人が誤解をするように導いきます。
「手を話なさい!!」女はその男に向かって大声で叫んだ。
これは事実で,その男は私です。この部分だけでは「むしょくさんって,そんな人だったんだね。何でもスキー場での話らしいよ。ここだけの話よ(友達にも伝えてね)。」などと事実と解釈を追加していきます。(この解釈はフィクションですが。)このような事実を断片的に伝えて他人を中傷することは身の回りにも少なからず存在しているでしょう。
スキー場での出来事を補足します。初めて私がスキーに行った時の話です。十分な練習もせずに無茶なことにリフトに乗ろうとしました。リフトに乗ろうとしたその瞬間,足を滑らせて思わずリフトに手でしがみついてしまいました。(上記の話)後に並んでいた女性の機転で私は事なきを得たという失敗談です。事実を悪意で部分的に伝えれば,いくらでも故意に誤解を生じさせることができるという例で示してみました。
悪意やいかがわしい目的で流布される噂話などから身を守るにはどうすればよいのでしょうか。この解決法の1つは,生物学など多くの科学の方法を学び,事実と説明とを分離して考える習慣をつけることです。特に自分自身にとって重要な場合ならなおさらです。真偽の判定がつく情報をなるべく多く集めましょう。そして,情報不足と思ったら勝手な解釈や推論はしないことです。そのような習慣を身につけていれば,「お人好し」・「ばか正直」などと呼ばれている人でも,本当の馬鹿でなかったら大きな失敗はしないでしょう。「正直者が馬鹿をみる。」この要素があることは私も否定しませんが,社会に貢献できているお馬鹿であればいいのではないかと思います。正直者の皆さん安心してください。一定学力以上の成人では,小さい頃から人を信じて騙された経験の多い方(騙され体験)が,初対面の人に強い警戒心で望む人よりも,初対面の人の信頼度を見抜く力が育っているという研究もあります。
事実を事実としてとらえ,説明を事実と分離して考え,説明はその論拠も共に学びましょう。勿論,生物学を学んで多くの知識を身につけることの意義を否定はしませんが,探求方法を理解することには重大な価値があります。
○ 生物の探求の過程では,演繹的手法よりむしろ帰納的手法を多く用いる。
・・・未知のもの(生物)を探求する手段を学ぼう。
「生命とは何か」という問に現在も何かの明確な答えが出ている訳ではありません。私見では,百年後,千年後程度の時間の単位では同じだと思っています。「宇宙方程式の中にその恒星系の条件を代入すると,このようにその構成惑星で生命が生れるかどうか,また,発生した生物がどのように進化するかが決まります。・・・」などと,すべての宇宙の原理を表す方程式が存在するかどうかもわかっていません。数式で答えを導くのは,まだ当分できそうにありません。
では,別の視点で論理的に考えてみましょう。どのような特徴を備えていれば,それを生命と呼べるでしょうか。「生命」と呼ぶ必要で十分な条件は何か。この問に対してあなたはまず何を考えますか。おそらく,「生命をもつ構造体を生物と呼び,生物である最低条件は生きていることだから,生きているためには・・・でなければならない。」などと考えた人は珍しいでしょう。「AならばBであり,BならばCであるので,よってAならばCである。」という三段論法に代表される演繹的手法です。ふざけた例で考えてみます。
(小前提)ミミズは生物である。
(大前提)生物は生きている。
(決論)よって,ミミズは生きている。
この説明に納得する人はいないでしょう。演繹的手法では,大前提という一般論が必要なのです。その一般論を探すのに演繹的手法はやや不向きな気がします。
これに対して,多様な事例から規則性を見つけるのによく使用されるのが帰納的手法です。これはできるだけ多くの情報を集めてその規則性を導くものです。たとえば,
(事例1)ミジンコは生物で,体は細胞で構成されている。
(事例2)ミミズは生物で,体は細胞で構成されている。
(事例3)ホウレンソウは生物で,体は細胞で構成されている。
(事例4)アオノリは生物で,体は細胞で構成されている。
(事例5)大腸菌は生物で,体は細胞で構成されている。
などの事例を集めます。これらの事例から「生物の体はすべて細胞で構成されている。」と考え(仮説)を導くことができます。これにはさっきより多くの人が納得してくれると思います。しかし,この仮説を証明するには更に多くの事例を集める必要があります。そして,反例が次々に見つかればその仮説は撤回することになります。事例6にウイルスを入れるとどうなるか考えてみてください。そこには,別の新しい問題が発生します。ウイルスは細胞という構造は持ちません。そこで,「ウイルスって生物?」などと考え出すと,別の議論が発生します。演繹的手法も再登場することになります。高校では,この問題に深入りしませんが,生物の探求では,常に帰納的手法で情報を収集・分析しながら,演繹的手法も加味して議論を深めていく必要があります。
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○ 学び方を学び,自分ノートを作ろう。
・・・ノート作りでは,問題解決能力や研究開発のための基礎的な技能を養うことができる。
「Chance favors the prepared minds. チャンスは,準備された心に降り立つ。パスツールが語ったとされる・・・」これは,福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」からの引用です。これは様々な場面で何回も語られてきた言葉だという気がします。ノーベル賞学者の話には,多くの幸運な偶然が語られます。しかし,幸運だけで,その人たちの業績を説明するのには多くの無理があります。幸運を活かす能力が準備されていたからです。「準備された心」は直訳ですが,チャンスをものにする能力と解釈できると思います。逆の視点でみると,「準備された心」を養っておけば,必ず幸運はやってくるとも言えるのではないかと思います。学ぶことの意義の1つは,この「準備された心」を用意することだと思います。その方法の1つとして,「メモのすすめ」などということは古くから言われています。学校では,私は「自分ノート」を作ることを推奨していました。それぞれの指導者によってノートの作り方の指導はかなり異なります。皆さんにそれを無視して自己流ノートを薦めているのではありません。私は左半分を授業用,右半分を自分の整理用に使うように薦めていました。勿論,この自分スペースの大きさは自由です。先生の流儀は様々でも,ノートに自分スペースを作ってあっても皆さんが怒られることはないでしょう。一斉授業でも,自分ノートを作り,その空間の使い方を工夫することで,様々な創造的活動への「準備された心」が養えるのではないかと思います。
Ⅼ2 生物と遺伝子(生物基礎第1章)
Ⅼ2-1 生物の多様性と共通性
○ 五感を総動員して生物多様性を感じよう。
・・・様々な体験や観察を通して「感じる心(感性)」を磨こう!
生物の世界に多様性があることを知らない人はいないでしょう。しかし,「生物界に多様性のある理由を説明しなさい。」という問題が出題されたらあなたはどう答えますか?もしも,私が聞かれたら「生物界に多様性がある理由は1つではないですよ。生物の教科書が全部学習できたらまた聞いてください。」と逃げるしかありません。地上だけではなく,水の中,地下深くまで多様な生物が存在しています。残念ながら,地下何mまで生物が存在しているのかはわかっていませんし,宇宙空間にも生物が浮遊しているかもしれません。どんな空間に,どんな種類の生物が,いったいどれだけ存在しているのかは殆どわかっていないと言えるでしょう。「実態把握ができていないことも,生物多様性が重要である理由の1つです。」などと言い出すと,何だか虚しさすら感じます。“
Don’t think! Feel! ”これは,ブルースリーの中に出てくる言葉です。皆さんもまずは身の回りにある生物を観察して,その大きさ・形・生息環境の多様性に触れてみてください。ふと気づいたことが,将来の大発見につながるかもしれません。私たちの身の回りには,努力して探さなくても多くの生物がいます。それらを肉眼やルーペ,光学顕微鏡を使って観察してみましょう。すぐに,自分にとっての未知と遭遇することができるでしょう。何か感じるものがあると思います。
○ 生物には共通性と多様性がある。
・・・多様な生物の世界から,共通性を考えてみよう。
前述のウイルスの問題は棚上げして,生物の共通性と多様性を考えていきます。高校では,ウイルスは説明が必要な時にだけ登場しているようです。議論の単純化のために,ここでいう生物は細胞という構造をもつものを指していることを最初に確認して話を始めます。
まず,ヒトとチンパンジーについて考えてみましょう。それぞれの個体は様々に異なっていても,すべての人がこれを別の種であると感じるでしょう。それぞれの特徴は列挙しませんが,誰が見てもこの2つの種には不連続が存在しています。ところが,これらの動物を解剖してみましょう。驚いたことには,心臓や肺の数や構造も同じだし,共に赤い血が流れています。何だか急に同じような特徴が現れます。顕微鏡でミクロの世界を観察すると,共に細胞という単位にたどり着きます。体が細胞から構成されているのは,勿論,ヒトとチンパンジーだけではないのは周知の事実です。実は,生物の体は働きの異なる複数の器官から構成されています。それぞれの器官はやはり働きの異なるいくつかの組織からなり,組織もまた同様に働きの異なる種々の細胞から構成されています。このようなブロックをつみあげていくような構造を階層構造といいますが,細胞のレベルまで下りてくるとかなりの共通性がみえてきます。この生物がもつ細胞という共通性が,「細胞は生物の基本単位である。」,と言われる所以ですが,逆に,多様性をもたらす原動力にもなります。先輩教師から「シュライデン・シュワン(細胞説)から学習を始めろ!!」とよく言われましたが,的を射たアドバイスだとも思います。生物の学習は,共通性をもちながら,多様性が表現できる「細胞」の話から始まります。「生命とは何か」という未解決な問いに対して,その解決のための重要なヒントがこの「細胞」のもつ特性の中に隠れていると私は思っています。
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○ 様々な細胞にはそれぞれ固有の大きさと形態がある。
・・・細胞のもつ固有の大きさと形態には重要な意味があると考えよう。
まずは,光学顕微鏡を使ってミクロの世界を観察してみましょう。材料は,池や田んぼの水,ヨーグルトや納豆のねばねばなどです。肉眼で確認できるミジンコは低倍ではグロテスクになります。倍率を上げていくと次々と様々な生き物が観察できます。高倍率で観察しても豆粒のようにしかみえないものも多数うごめいています。細胞に関する見識を高めるために染色された永久プレパラートも観察しましょう。まず感じてほしいことは,肉眼の世界だけでなくミクロの世界にも生物の大きさには多様性があるということです。単細胞生物だけではなく,多細胞生物の形や大きさにも様々な違いがみられます。そして,どれ1つをとっても教科書の模式図と同じものはありません。不思議ですか?しかし,これが模式図の特徴です。模式図とは,限られた範囲にその特徴を概念的に示した図だと考えてください。
教科書や図解・参考書などで細胞の模式図を確認してください。動物細胞と植物細胞が同じ大きさで示されているものも少なくありません。スズメとダチョウが同じ大きさで描かれていても,誰も同じ大きさだとは思いませんが,動物細胞と植物細胞では大分事情が異なります。植物細胞が比較的低倍でも観察できるのに対し,動物細胞では高倍率でないとよくわかりません。ナットウ菌や乳酸菌などの原核細胞になると,高倍率での顕微鏡操作になれていないとなかなか確認できません。このように,同じ真核細胞の間でも植物細胞と動物細胞では多くの場合大きさに不連続の差があります。真核細胞と原核細胞との間も同様です。重要なことは,これらの大きさの違いには大いなる意味(理由)があるということです。まずは,最初に細胞の観察を行って,細胞の大きさのイメージを作りましょう。
○ 細胞を電子顕微鏡の世界で捉えてみよう。
・・・細胞は膜と顆粒と繊維,そしてその他から構成されている。
中学時代の理科の問題で,動物細胞の輪郭線を矢印で示し,「この細胞の構造の名前は?」という問題がありましたね。高校の生物の教科書にも,光学顕微鏡で観察した動物細胞の図があり,外側の輪郭線には「細胞膜」と記されています。しかし,実は細胞膜の厚みは,光学顕微鏡で確認できるよりも遥かに薄いことが20世紀になってわかります。ものを区別して捉える能力を分解能(解像力)といいます。分解能は,判別できる2点間の距離で示しますので,2点を2点として捉える能力と説明されます。光学顕微鏡は私たちの肉眼よりも遥かに分解能は高い訳ですが,電子顕微鏡の分解能は桁違いに高くなります。
分解能の話で登場してくるのが長さの単位です。長さの単位の1mです。この1mという長さの単位は最初,地球の子午線の長さを基準に決められたものです。現在は,定義された時間で光の進む距離で定義されているようです。1㎞や1㎜などの長さのすでに皆さんも実感があるでしょう。長さの表し方はその取り扱う長さにより,m(メートル)の前にk(キロ)やm(ミリ)などの接頭語をつけます。k(キロ)は千倍の示し,m(ミリ)は千分の1を示します。これらの接頭語はm(メートル)以外の単位にも使用できます。今回は分解能の話ですので,ミクロの単位だけを紹介します。1㎜の千分の1は1μm(マイクロメートル),その千分の1が1nm(ナノメートル)です。以下に分解の例を示します。
人の肉眼 約0.1 mm
光学顕微鏡 約0.2 μm
電子顕微鏡 約0.2 nm
ちょうど長さの単位を学ぶのにもってこいの感じですが,電子顕微鏡の分解能が格段に優れていることがわかります。細胞の研究は,この電子顕微鏡の発明によって飛躍的に進みました。それまで濾過性細菌と呼ばれていたウイルスの存在とその構造も確認できたし,細胞内の微細な構造も次第に解明されて行きました。
電子顕微鏡で細胞を観察すると,細胞は膜状の構造,顆粒状の構造,繊維状の構造,そしてその間隙をみたしている物質(基質)に区別することができます。更に,細胞内にある様々なユニット(細胞小器官)の構造が詳細につかめるようになっていきます。当然ですが細胞小器官も,膜状の構造,顆粒状の構造,繊維状の構造,そしてその間隙をみたしている物質(基質)という共通の基本構造からできています。
このように,電子顕微鏡で細胞を観察すると,生物のもつ基本構造の共通性を感じることができると思います。電子顕微鏡写真は非常に複雑ですが,すべて膜状の構造,顆粒状の構造,繊維状の構造,そしてその間隙をみたしている物質(基質)という共通の基本構造から構成されているのです。なお,この共通の構造の中に多様な変化があり,それによう生物の多様性を表現できることについては,別の分野で触れます。
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○ 単細胞生物と多細胞生物の差異は,単に体を構成している細胞の数だけではない。
・・・単細胞生物と多細胞生物との生き残り戦略の違いと進化を考えよう。
生物界に存在している最も大きな不連続は,原核生物と真核生物との間に存在しています。両者は,単に核膜の有無だけの違いがあるだけでなく,膜系の発達や遺伝システムなどに大きな差異がみられます。次が,単細胞生物と多細胞生物と間に存在する差異です。体が1つの細胞で構成されている生物を単細胞生物,体が複数の細胞からできている生物を多細胞生物とそれぞれ呼んでいます。まず,代表例からみていきます。
単細胞生物では,ゾウリムシをとりあげます。細胞全体が繊毛とよばれる微細な毛に覆われていて,水の中を泳ぎ回っています。構造にも,多細胞生物には存在しない細胞小器官があります。食物を取り入れるための細胞口,それを消化する食胞,不消化物を排出する細胞肛門,水を排出し細胞の浸透圧を調節する収縮胞などです。核も2つあり,通常の細胞の活動をコントロールする大核(栄養核),生殖に関係する小核(生殖核)です。これらの細胞小器官は,1つの細胞が自然界で生き残るための必須アイテムに近い感じです。
多細胞生物の代表は,ヒトにしましょう。私たちの体は多くの細胞でできています。アメリカの教科書には,“Cells are us.”と記されているそうです。主語は私たちではなく,細胞の集団というわけです。前述の階層構造を底辺からの視点でみたものです。細胞が集まって組織を作り,いくつかの組織が集合して器官を形成し,種々の器官で個体を形作っているというものです。実は,この視点の方が単細胞生物と多細胞生物との違いを理解するのに役に立つと思います。単細胞生物と多細胞生物との違いは,1つの細胞が進化の過程でどのような選択をしたかの違いなのです。即ち,単細胞生物は1つの細胞で強く生きることを,多細胞生物は細胞が協力して生き残る道を模索したと考えられます。
では,「細胞がいくつ集まると多細胞生物になれるでしょうか?」この問いの理論的な解答は2つです。しかし,現時点で私は細胞2つからなる多細胞生物を知りません。何をもって多細胞生物と呼ぶが人によって見解が異なり,多くの人は細胞の数だけではなく,細胞間の分業を問題にしています。細胞分裂を繰り返してただその場に集まっているものは多細胞生物とは呼ばない訳です。細胞が分化して,細胞間に分業がみられると言っても,程度の問題があります。そこには,グレーゾーンが発生することになります。しかし,このグレーゾーンこそに,細胞の進化の謎を解くための重要な秘密があると考えられています。
グレーゾーンの代表例が細胞群体と細胞性粘菌です。緑藻類のクラミドモナスの仲間には,クラミドモナス状の細胞がいくつか集まったユニットを形成して生活しているものかいます。最も大きいものがボルボックスで,外側と内側などに細胞間に分業がみられます。また,細胞性粘菌では,細胞が単独で生活する時期と多くの細胞が集合して行動する時期とがあります。如何にして,細胞が集まり分業をするようになったか。どのように細胞間で情報を伝達しているのか。これらの疑問を解明していくと,どのようにして単細胞生物から多細胞生物へと進化したのかを明らかにすることができるかもしれません。
Ⅼ2-2 細胞とエネルギー
○ 細胞はその細胞の内外で起こる様々な化学反応に関係している。
・・・細胞とその周辺で起こる化学反応を物質とエネルギーの視点で捉えてみよう。
細胞の内外では,細胞の活動に伴う様々な化学反応が進行しています。生物の個体内で行われる化学反応を代謝と呼びます。そこで起こる物質の変化には,その多くに細胞が直接または間接に関与しています。まず,初めに,生物体で起きている物質の変化を純粋に,物質とエネルギーの視点で考えてみます。
物質が異なる物質に変化することを化学変化と呼び,その過程を化学反応といいます。化学変化では,物質が変化するだけではなく,エネルギーの状態(エネルギー準位)も変化します。代謝では,物質を合成する反応を同化,物質を分解する反応を異化と分類されます。同化はエネルギーを吸収する反応で,異化はエネルギーを放出する反応です。エネルギーの状態の変化を階段の上り下りでイメージしてみてください。同化は階段の上りで,異化は階段の下りに相当します。階段を上る時にはエネルギーが必要で,階段を下る時には逆にエネルギーを放出することになります。この階段の一段一段がそれぞれの反応に関係している物質とそのエネルギーの状態をイメージしたものと考えてください。階段の段差にもなだらかなものや急なものがあるように,エネルギーの状態の差にも大きなものと小さなものがあります。代謝の過程は多くの過程に分割されており,この段差が不思議なことには工夫すれば乗り越えられる高さに調節されているのです。そこで活躍するのが,次からのATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる物質と触媒である酵素です。
私たちの体物質を作る同化でも,そこで吸収される分のエネルギーを供給する必要があります。その生物界共通の供給源が異化で放出されるエネルギーです。この需要と供給の関係で上手く橋渡しする物質がATPです。異化で放出されるエネルギーでATPを合成します。代謝のそれぞれの過程には,その反応専門の酵素が働いています。酵素がATPを使用して働くと,同化の過程が上手く進行します。同化の過程のエネルギーの状態の段差は,このATPの力によって上れるようになっています。不思議ですね。
このように,細胞とその周辺で起こる化学反応を物質とエネルギーの視点で捉えることで,生物が物質の世界で存在可能であることが明らかになっていきます。
○ ATPがエネルギーの通貨と言われる理由を理解しよう。
・・・ATPも物質とエネルギーの視点で捉えてみよう。
ATPはアデノシン三リン酸の略号です。アデノシンはアデニン(A)という塩基にリボースという糖が結合したもので,アデノシンに3つリン酸が結合したものがアデノシン三リン酸です。漢数字の「三」は3つつながって結合していることを表します。構造はウィキペディアなどで確認してください。最初は,非常に複雑そうにみえますが,物質の形のイメージを作っていってください。
以下は,ATPの生成と分解を単純化した略図で示されます。アデノシンに2つリン酸が結合したものをアデノシン二リン酸(ADP)と呼びます。ATPの生成と分解は,ATPとADP間のリン酸のやり取りです。この反応は,エネルギーを吸収できる時に上にいき,エネルギーを使用する場面では下に進みます。エネルギーの供給がある間は,ATPを永遠に合成でき,ATPは細胞のあちらこちらでエネルギーの供給源として使用されます。このような特性が日常生活で通貨の働きに類似することから,ATPはエネルギーの通貨と言われています。
アデニン - リボース - リン酸 ~ リン酸 ~ リン酸
エネルギーを吸収 ⇒ ↑ ↓ ⇒ エネルギーを放出
アデニン - リボース - リン酸 ~ リン酸 + リン酸
上記の略図で,物質と物質との間の線に「-」と「~」があります。これは,物質間の結合を示していて,「-」は通常の結合(共有結合),「~」は「高エネルギーリン酸結合」を示しています。この「~」で示される「高エネルギーリン酸結合」という命名が高い結合エネルギーをもつ結合という直感的な誤解を与え,「他の結合(共有結合)の中にもっと高い結合エネルギーをもつものがたくさんあるのに,どうしてこのリン酸の結合だけを高エネルギーリン酸結合と言うのですか?」という質問がでます。私もその答えはわかりませんが,前述のように,同化の過程のエネルギーの状態の段差は,このATPの力によって上れるようになっています。ですから,高エネルギーリン酸結合は同化の過程を進行させるために必要で十分な大きさのエネルギーなのです。風力発電で例えると,強い風はある一定範囲までは歓迎ですが,台風のように強風が吹き荒れると壊れてしまいます。風力発電で,風は強ければ強い程いいという訳ではないのと同じです。この「高エネルギーリン酸結合」は同化の過程での程よいエネルギー面のサポートをする訳です。
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○ 酵素はアミノ酸が結合した紐状の物質(タンパク質)である。
・・・酵素の働きをその構造と関連づけてイメージしよう。
生物の体は様々な物質から構成されています。以前は,生物によって合成された物質を有機物,それ以外の物質を無機物と呼んでいました。しかし,化学の発展に伴い尿素を初めとして様々な物質が人工的に合成されるようになり,定義が見直されていきました。現在は,生物の存在とは無関係に,二酸化炭素や炭酸塩などのような単純なものを除く炭素化合物を有機化合物(有機物),それ以外を無機化合物(無機物)と呼んでいます。細胞が作り出す有機物には,炭水化物,脂質,核酸,タンパク質などがあります。これらは細胞内外で様々な役割を果たしていますが,今回は,触媒作用をもつタンパク質,酵素について取りあげます。
すべてのタンパク質はその構成ユニットである20種類のアミノ酸が紐状につながったものです。タンパク質はその種類によってアミノ酸のつながり方が決まっており,その並び方の違いによりそれぞれの働きが異なっています。
ミシン糸を使って5㎝ずつに切り分け丸め,それぞれを水の中に入れてみてください。どんなに上手にかき混ぜても同じ形にはなりません。しかし,アミノ酸が紐状に結合した酵素などのタンパク質は生体内の条件では,ほぼ同じような立体構造になります。不思議ですね。この魔法のような話の種明かしが,紐の横に飛び出ている側鎖(残基)とよばれる部分です。アミノ酸の種類は,この側鎖(残基)の構造の違いで決まり,生体では20種類です。アミノ酸のそれぞれの側鎖(残基)は,水に対する相性がそれぞれ少しずつ違っていて,水と相性がいい親水性のものと水を嫌がる疎水性のものがあります。酵素などのタンパク質はその種類によりアミノ酸の配列が決まっているので,側鎖(残基)の並ぶ順も当然決まっています。それぞれの側鎖(残基)が水との相性の違いにより,移動しようとしますので程よいバランスで立体構造が決まります。このように酵素などのタンパク質は,アミノ酸配列が決まれば,生体内での立体構造もほぼ決定することになります。
酵素などのタンパク質はその立体構造と働きとが重要な関係をもちます。酵素の触媒作用を受ける物質を基質と言います。酵素は特定の基質と緩やかな結合を作ることで反応を促進します。酵素と基質とが緩やかに結合したものを酵素-基質複合体と呼び,その結合と反応とに重要な働きをする部分を活性部位と言います。この結合には「鍵と錠前」のような対応する構造が必要になり,錠前の種類が変われば別の鍵が必要になります。様々な基質にはそれぞれに異なる酵素が必要になる訳です。それぞれの酵素は特定の基質にしか作用できないからです。酵素が特定の基質のみ作用し触媒反応を進行することを基質特異性と呼びます。
逆の視点でみてみましょう。酵素がそのアミノ酸配列で働きが決まるのなら,そのアミノ酸配列を上手くデザインできれば,様々な化学反応を自由にコントロールできることになります。そのようなシステムが細胞には備わっていることを予感できますよね。
○ 呼吸と光合成とは,結果的には逆の反応である。
・・・それぞれの反応を物質とエネルギー,そして,構造という視点で捉えよう。
新入生に「呼吸」について尋ねると「酸素を吸って,二酸化酸素を排出することです。」という回答が少なからず出ます。「肺呼吸」・「えら呼吸」という言葉は,その個体が行うガス交換ですが,生物でいう「呼吸」とは主に細胞が有機物を分解して,生活に必要なエネルギーを獲得することです。日常生活で使用する「呼吸」と生物で使用する「呼吸」とでは多少意味が異なります。これに対して,「光合成」について尋ねると「葉緑体の中で,光エネルギーをしようして・・・」という基本的な光合成の内容が返ってきます。中学校での「呼吸」と「光合成」との理解の度合いには大きなギャップがあるようです。高校の生物の基礎として,まず,代謝の代表である「呼吸」と「光合成」について,大まかな反応を物質とエネルギー,そして,構造という視点で捉えます。
呼吸の全過程を単純化して式で示すと,
有機物(グルコースなど) + 酸素 → 二酸化酸素 + 水 + エネルギー
となります。また,同様に光合成の全過程を単純化して式で示すと,
二酸化酸素 + 水 + 光エネルギー → 有機物(デンプンなど) + 酸素
となります。デンプンはグルコースが多数結合したものですので,2つの過程は結果的には全く逆の反応になります。また,エネルギーの状態を意識して図示すると以下のようになります。
有機物(グルコースなど) + 酸素
光エネルギーを吸収 ⇒ ↑ ↓ ⇒ エネルギーを放出(ATP合成)
二酸化酸素 + 水
呼吸の過程は細胞質基質及びミトコンドリア内で進行し,光合成の過程は葉緑体の中で行われます。ミトコンドリアと葉緑体とは,ともに内外二重の膜から構成されています。ともに反応の過程には様々な酵素が関係しており,エネルギーの出入りはATPが関与します。そして,ともに内膜にはATP合成酵素があります。ここでは深入りしませんが,ATPの合成には膜構造が重要な働きをすることを示唆しています。
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○ ミトコンドリアと葉緑体とが原核細胞と共通のしくみをもっている理由を考えよう。
・・・真核細胞の起源を共生という視点で捉えてみる。
細胞は膜と顆粒と繊維,そしてその他から構成されています。ミトコンドリアと葉緑体も同様に膜と顆粒と繊維,そしてその他から構成されています。大きさは,ミトコンドリアはバクテリア(細菌類)と,葉緑体はシアノバクテリア(藍藻類)と,それぞれ同じくらいです。これらのことは,ミトコンドリアと葉緑体とが元々は別の単独の単細胞生物(原核生物)であった可能性を示しているとも考えられます。
ミトコンドリアと葉緑体との共通の特徴をあげると以下のようなものがあります。
1 内外二重の膜構造がある。
2 核とは独立の遺伝情報物質(DNA)をもつ。
3 独自のタンパク質合成システムをもつ。
これらの共通性も,ミトコンドリアと葉緑体とが元は単独の単細胞生物であったことを示唆しています。現在多くの生物種において細胞内での共生が観察されています。一部のサンゴでは,褐虫藻と呼ばれる光合成を行う単細胞生物を細胞内に一定数住まわせています。サンゴは褐虫藻の余剰の光合成産物をもらい,光合成の材料物質などを供給しています。細胞内で他の生物が共生している事実が少なからず存在するのであれば,太古の海で現在の真核生物の祖先がミトコンドリアや葉緑体の原型になる生物と共生生活を開始したと考えても良さそうです。現在の真核生物は,ミトコンドリアや葉緑体の原型になる生物との共生で生まれたとする考えを細胞内共生説(共生説)と呼びます。それぞれの原型は,ミトコンドリアが好気性細菌の仲間,葉緑体はシアノバクテリアの仲間であると考えられています。
真核細胞には,ミトコンドリアと葉緑体以外にも二重の膜で包まれた構造があります。核です。核が共生で生まれたとは考えられません。現在の真核細胞は,複雑な膜構造でできています。この複雑な膜構造をすべて共生で説明するのも困難です。これらは,共生と別の方法で生じたと考えるべきでしょう。細胞内共生説(共生説)と対極にあるのが膜進化説です。この説は,ミトコンドリアと葉緑体とを含む細胞内膜構造が,すべて真核生物への進化の過程で形成されて行ったというものです。この考えにもかなり無理があると感じるでしょう。そこで教科書などの説明では,細胞内の膜系の発達は膜進化で,ミトコンドリアと葉緑体との起源は共生で説明されているようです。
最後にミドリムシの例をあげます。ミドリムシは葉緑体をもっていますが,細胞壁はなく水の中を泳ぎ回る単細胞生物です。このミドリムシの葉緑体は,三重の膜に囲まれています。葉緑体の二重の膜の外側にもう1つ膜がある訳です。この膜がミドリムシ由来の膜であれば,ミドリムシが食べた緑藻類の葉緑体だけを残して利用していることになります。このように,生物の進化を共生という視点で見直すと別の景色が見えてきます。
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Ⅼ2-3 遺伝子とその働き
○ 遺伝を物質の視点から考える。
・・・演繹的手法を用いて遺伝の現象を捉えてみよう。
生物のもつ固有の色・形・性質などを形質といいます。生物がもつ固有の形質が子孫に伝わることを遺伝といい,遺伝する形質を遺伝形質といいます。エンドウの子葉の色には黄色と緑色の形質があり二つの形質は同時には現れません。このように互いに対をなす形質を対立形質と呼びます。19世紀にメンデルは,エンドウの7対の対立形質に関して体系的な交雑実験を行い,その結果を説明するために1対の対立形質について2つの遺伝子(因子)を仮定しました。この2つの遺伝子は子供に伝わるとき1つずつに分離して,そのどちらか一方が伝わります。子供は両親から遺伝子を1つずつもらいますので,子供の遺伝子の数は1つの対立形質に関して2つにまた戻ります。それぞれの遺伝子はけして融合したり,混ざり合ったりすることなく,それぞれが分離して子に伝わることを「分離の法則」と呼びます。
「分離の法則」を細胞のレベルで考えます。私たちの体を構成している細胞を体細胞,卵や精子などの次世代の体を形成する細胞を生殖細胞と呼びます。1つの対立形質に関する遺伝子は,体細胞の中には2つあり,生殖細胞には1つ入るものであると考えられます。生殖細胞を形成する分裂(減数分裂)を観察した結果,
それが染色体の動きと一致することがわかりました。体細胞には同形同大の相同染色体と呼ばれるものがあります。これが,減数分裂のときに対合して別々の生殖細胞に分離していくことがわかりました。1902年,サットンは「メンデルの仮定した遺伝子は,染色体上にある」という考え(染色体説)で遺伝を説明します。
染色体説が正しければ,遺伝子は染色体を構成している物質であるはずです。そこで,染色体の主な成分であるタンパク質とDNA(デオキシリボ核酸)とが遺伝子の有力候補として検討されます。タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されています。DNAは4種類のヌクレオチドから構成されています。DNAに関する最初の発見はミーシャーです。彼は膿(死滅した白血球)を材料にして,細胞成分を研究していました。1869年,彼はリンパ球の核から,タンパク質とは異なる,リン酸を多く含む酸性の物質を発見し,ヌクレインと名付けました。この研究が教科書に記載されていることから,この議論の結末が想像できます。
遺伝子の物質としての性質を論理的に考えると「親から子に伝わる物質で,安定(変成しにくい)で生物の多様性を表現できる物質」でなければなりません。多様性という視点で考えると,沢山の種類をもつ物質でなければなりません。n個のアミノ酸で構成されているタンパク質の種類は20のn乗,n個のヌクレオチドで構成されているDNAの種類は4のn乗となります。それぞれnが∞であれば,無限の種類があることになります。しかし,nは当然有限です。多くの科学者が遺伝子はタンパク質であると考えたのも無理のない話です。しかし,可能性の大小だけで決論を急ぐのはよくないことです。
○ 遺伝する物質(遺伝子)はDNAであることを,実験結果を通して理解しよう。
・・・実験結果はその実験の精度程度には受けいれよう。
遺伝する物質(遺伝子)は何かというテーマで,最初の解決の糸口を作ったのはイギリスの医者グリフィスです。彼は,1928年,肺炎双球菌の変異株のR型菌(カプセルを持たない,病原性がない)が,S型菌(カプセルを持つ,病原性がある)を熱処理して死滅させて加えるとS型菌に変わる現象を発見しました。このように形質が変化することを形質転換と呼びます。死滅したS型菌が生き返ることはありませんから,死んだS型菌の構成する物質の「何か」がR型菌をS型菌に変えたことになります。この形質を支配する物質が遺伝子ですので,この「何か」がどんな物質であるかを調べれば遺伝する物質(遺伝子)をつきとめることができます。
エイブリーは,S型菌から抽出液を様々な分解酵素で処理して,R型菌に加えてみました。すると,S型菌から抽出液をDNA分解酵素で処理したときだけは,R型菌に形質転換は起こりませんでしたが,DNA分解酵素以外の分解酵素で処理した場合はすべて形質転換が起こりました。S型菌のDNAがなければ形質転換は起きないが,S型菌のDNAがあれば他の物質はなくとも形質転換が起こることになります。ですから,形質転換を引き起こす物質はDNAですので,当然,遺伝する物質(遺伝子)はDNAという決論になります。彼はS型菌のDNAを99%以上の純度まで精製しR型菌に加えてみました。勿論,形質転換が起きました。1944年,エイブリーはこの画期的な実験について学会で発表をしますが,会場では拍手どころか一瞬しらけた沈黙が生じたそうです。いかに,タンパク質が遺伝子であると思っていた科学者が多かったかが推察されます。
エイブリーの研究成果に正当な評価がなされるまで,やはりかなり時間がかかったようです。この遺伝子はタンパク質かDNAかという論争に概ね決着がつくのが,ハーシーとチェイスの実験です。彼らは大腸菌に寄生するT2ファージを材料に用いました。T2ファージはDNAとタンパク質の殻とから構成されているウイルスで,大腸菌の菌体内で増殖し,多数の子ファージを作りやがて菌体を壊して出てきます。T2ファージの増殖の過程でタンパク質とDNAとがどのような役割をしているのかを解明すれば,おのずとこの2つの物質に関する遺伝子論争に決着がつくことになります。彼らはDNAに含まれるリンとタンパク質に含まれるイオウにそれぞれの放射性同位体でラベル(区別が可能なように印をつけること)し,感染の様子を調べました。その結果,大腸菌の菌体内に侵入するのはDNAのみで,タンパク質の殻は菌体の外にあることを明らかにしました。子ファージは侵入した親ファージのDNAによって形成されたことになります。即ち,ファージはDNAを遺伝子として使用していることになります。
紹介した3つの実験から,遺伝する物質(遺伝子)はDNAであることがほぼ証明されましたが,DNAの遺伝子としての地位を確固たるものにしたのが次のワトソンとクリックの論文です。
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○ DNAは相補的塩基が内側で互いに対をなす二重らせん構造をしている。
・・・DNAは半保存的複製を予感させる構造をしている。
核酸には,DNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)とがあります。共に基本単位は4種類のヌクレオチドで,リン酸と糖と4種類の塩基のどれか1つからなります。DNAとRNAとでは構成する糖と塩基に違いがみられ,以下のようになっています。
A(アデニン)
DNA; リン酸 + 糖(デオキシリボース) + 塩基 T(チミン)
C(シトシン)
G(グアニン)
A(アデニン)
RNA; リン酸 + 糖(リボース) + 塩基 U(ウラシル)
C(シトシン)
G(グアニン)
シャルガフは,DNAの塩基組成の研究から,規則性(シャルガフの規則,シャルガフの経験則)を発見しました。それは,生物によってDNA中の塩基の割合は異なり,それぞれの塩基の構成比はA:T:C:G=1:1:1:1ではなく,A:T=1:1,C:G=1:1であるというものです。
ワトソンとクリックは,1953年,シャルガフの規則やDNAのX線回析写真などを参考にして,DNAの二重らせん構造モデルを発表します。それは,DNAがデオキシリボースとリン酸が鎖状につながって外側に2つの鎖を形成し,その内側にアデニン(A)とチミン(T),またはシトシン(C)とグアニン(G)が弱い力(水素結合)で対をつくった二重らせん構造をしていて,二重らせんは,ヌクレオチド対が10個でちょうど1回転するというものです。DNAの二重らせん構造モデルは,すぐに世界に受けいれられ,遺伝子がタンパク質とDNAのどちらかという論争に完全に決着がつきます。アデニン(A)とチミン(T),シトシン(C)とグアニン(G)との関係ようにお互いに補い合うような関係にあることを相補的といいます。AがTと,CがGという決まった相手としかペアを作らないのであれば,遺伝子が物質として複製されるときに同じものができるはずです。DNAの二重らせん構造は,その構造自体に遺伝子である条件を踏まえていることになります。DNAが複製されるとき,元の2本のDNA鎖が鋳型となりそれぞれ相補的なDNA鎖を新生することを半保存的複製と呼びます。DNAの二重らせん構造は,半保存的複製を暗示する構造なのです。DNAの二重らせん構造は,世界中の科学者に遺伝子はDNAであることを納得させる構造をしていたのです。
○ 遺伝物質であるDNAと染色体との奇妙な関係を理解しよう。
・・・科学の発展とともに用語の意味が変化していくこともあることを理解しよう。
遺伝物質は何であるのかを研究するときは,それは,染色体を構成する物質でなければならないという展開でした。ここでいう染色体という用語は細胞中で塩基性色素によく染色されるものという元来の意味で使用されています。光学顕微鏡で染色すれば特定の時期(分裂期)に観察ができ,その数・形・大きさは生物の種によって決まっています。多くの生物の体細胞では基本数の2倍の数の染色体があり,生殖細胞ではその半分(基本数)になります。この基本数をnと表すと,体細胞では2n,生殖細胞はnとなります。染色体の構成の状態を核相と呼び,2nを複相,nを単相と呼びます。
染色体は細胞分裂の時に,光学顕微鏡で観察できる構造を形成しますが,分裂が終了してもその成分であるDNAとタンパク質がなくなってしまう訳ではありません。染色体を構成しているDNAとタンパク質とは,分裂期には巧みに凝縮して棒状の構造を形成しますが,分裂が終了すると凝縮がほどけて拡散し光学顕微鏡では観察できない構造に変化しているだけなのです。DNAをどのように凝縮させて染色体を形成するか(染色体凝縮)という分子レベルの解析が進んでいます。細胞分裂に伴う視覚的には劇的な変化が,構造の変化だけで染色体を構成しているDNAとタンパク質とは常に細胞内に存在していることが判明すると,同じものは同じ名称で呼ぶことになります。さらに,核膜をもたず,遺伝物質であるDNAが棒状の構造を形成しない場合も,遺伝物質であるDNAを中心とした構造を染色体と呼ぶようになります。染色体という意味が,最初は細胞中で塩基性色素によく染色されるものという元来の意味から,遺伝物質であるDNAを中心とした構造にまで拡大されていったことになります。使い方を大まかにまとめると,染色体という用語は数や形が問題になる時以外は,広い意味で使用されているようです。
ゲノムという用語も時代とともに変化しています。初期は,染色体の構成を分析するときに使用されていましたが,現在では,核相nの細胞にあるDNAの全遺伝情報という意味で使用されています。言い換えると,その生物がもつ一揃えの遺伝物質をゲノムと呼んでいることになります。ヒトゲノムといえば,ヒトが持っている一揃えの遺伝物質のことで,核ゲノムとミトコンドリアゲノムがあります。ヒトの核ゲノムは約31億の塩基対からできていて,約2万~3万の遺伝子が存在しているだろうと言われています。このヒトの核ゲノムの塩基数は測定値ですので多少の誤差や個体差はあっても今後大きく変化することはないでしょう。しかし,ヒトの核ゲノムに含まれている遺伝子数は推定値です。これまでの研究から遺伝子であると推定される配列の数を集計したものです。今後の研究の結果次第で大きく変動する可能性も否定できません。
「染色体」や「ゲノム」のような科学用語が,時代とともにその意味を少しずつ変えていくことも時々あるし,推定値が突然大きく変更されるということも稀とは言えないようです。
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○ 体細胞分裂では染色体の正確な分配,減数分裂では染色体数の正確な半減が起こる。
・・・細胞分裂を遺伝物質の分配の方法で理解しよう。
細胞分裂には,体細胞が増殖するときに行う体細胞分裂と,卵や精子などの生殖細胞を形成するときに行う減数分裂とがあります。細胞分裂前の細胞を母細胞,新しく形成された細胞を娘細胞と呼びます。体細胞分裂では形成された娘細胞は再び成長して母細胞となり体細胞分裂を行うことはありますが,生殖母細胞が減数分裂して形成された生殖細胞が再び減数分裂を行うことはありません。
よく体細胞分裂の実験に使用されるタマネギやソラマメなどの根端細胞を上手に観察すると,多くの糸状の構造が染色されているのが確認できます。しかし,多くの細胞は,核と核小体が確認できます。この核と核小体が確認でき,構造の変化が光学顕微鏡では確認できない時期を間期(分裂間期)と呼びます。これに対して,染色体の凝縮などの構造の変化が光学顕微鏡で確認できる時期を分裂期と呼んでいます。体細胞分裂の分裂期は,前期・中期・後期・終期の4つの時期に区別されています。こまかな分裂の過程は教科書等に任せて,ここでは,1つの染色体の動きを考えます。というのも,体細胞分裂では1本1本の染色体がそれぞれ独立していて,基本的には同じ行動をするからです。前期に染色体は凝縮を始め,やがて光学顕微鏡でもはっきりと構造が確認できるようになります。凝縮が終了した染色体は,半保存的複製によって生じた2本の染色体が,セントロメア(動原体)とよばれる領域で強固に接着しています。接着している染色体の1本1本を染色分体と呼びます。染色分体は互いに自分の分身のようなものです。中期に染色体は細胞の中央部分(赤道面)に並びます。後期は細胞の両極から伸びた長い微小管(紡錘糸)に引かれてそれぞれの極へ移動します。終期にそれぞれの染色分体は拡散して元の状態に戻ります。このことが,すべての染色体で行われるので,それぞれの細胞には半保存的複製で生じた分身(染色分体)のどちらか一方が必ず入ることになり,遺伝物質が正確に分配されることになります。
減数分裂ではDNAの半保存的複製1回に対して2回の分裂があり,それぞれ第一分裂,第二分裂と呼びます。減数分裂では正確に親の遺伝情報を二分する必要があります。その秘策は第一分裂前期に現れます。複相の状態にある細胞には,両親からもらった相同染色体と呼ばれる同形・同大の染色体が2本ずつあります。これらが第一分裂前期に積み重なって二価染色体を形成するのです。第一分裂中期にそれぞれの二価染色体は赤道面に並び,第一分裂後期にそれぞれの染色体がペアの相同染色体と分離していきます。これらの一連の過程で両親からもらったそれぞれのペアの相同染色体と分離し,染色体数が正確に半減し,しかも,両親からのすべての遺伝情報のどちらか一方を必ず受け取るのです。第二分裂は分離したそれぞれの相同染色体が半保存的複製で生じた分身(染色分体)と分離する過程で,基本的には体細胞分裂と同じです。
複相の細胞は,体細胞分裂と減数分裂を巧みに使い分け,増殖と生殖を行っています。
○ 細胞の状態には細胞周期と呼ばれる周期性がある。
・・・遺伝物質DNAの量から細胞の状態を捉えてみよう。
細胞分裂の観察では,使用する材料や試料を固定する時間を上手に選んでも,殆どの細胞は間期(分裂間期)のものです。これは,分裂組織の細胞でも分裂期の時間が非常に短いことを意味しています。どうして,劇的な構造変化が観察できる分裂期は,そんなに短時間で終了できるのでしょうか。それは,間期の間に分裂の物質的な準備はほぼ終わっているからです。また,間期が長いということには重要な意味があるはずです。分裂期に現れる半保存的複製で生じた分身(染色分体)の様子から,遺伝物質DNAの複製は間期に行われていることになります。まず,遺伝物質DNAの複製の時期についてみてみましょう。
細胞内の遺伝物質DNAの量を測定すると,驚くべきことが判明します。それは,DNA量はある時期になると継続的に急に増加し始め,DNA量が2倍になると変化しなくなるのです。これはDNAの複製が特定の時期に連続的且つ集中的に行われていることを意味します。この間期でDNAを複製する時期をDNA合成期(S期)と呼びます。なお,染色体を構成しているタンパク質(ヒストン)や中心体もS期に作られます。分裂組織の細胞は,S期が終了するとやがて分裂を行います。このようなことを繰り返しますので,細胞分裂で生じた娘細胞が,再び母細胞となって細胞分裂を行い,新しい娘細胞になるまでの過程を細胞周期と呼びます。分裂期(M期)とS期の間は,それぞれG1期(DNA合成準備期),G2期(細胞分裂準備期)と呼びます。分裂組織の細胞はG1期→S期→G2期→M期を周期的に繰り返していることになります。
細胞には,そのまま分裂を繰り返すものばかりではありません。多くの細胞は遅かれ早かれ分裂を休止し,特定の役割を分担します。細胞が未分化の細胞から特定の役割をもつ細胞になることを,細胞の分化と呼びます。分化した細胞は細胞内のDNA量からはG1期となります。しかし,分化した細胞は,細胞周期から外れている訳ですのでS期には進みません。そこで,分化した細胞の細胞周期をG0期と呼ぶようになりました。
細胞周期の別れ道には,細胞の分化以外にもう1つあります。それは,減数分裂です。減数分裂では,1回のS期に対して2回の連続した分裂が起こります。この後の展開は,動物と植物で大きく異なります。細胞周期は,最初はDNA合成量に注目さていましたが,増殖や分化を司る重要なチェックポイントなどが発見され,単なるDNA量の変化だけではなく,生命現象を解く鍵の1つと考えられるようになっています。
最後に染色体数について取りあげます。体細胞分裂の前後ではDNA量は半分,減数分裂の前後では4分の1になります。しかし,染色体数は体細胞分裂の前後では変化せず,減数分裂の前後では半分になります。これは,1本の染色体がそれぞれの染色分体に別れるときは,染色体数は同じであると考えるからです。染色体数が半減するのは,減数分裂第一分裂で2本の相同染色体が対合してできた二価染色体が,それぞれの相同染色体に分離するときだけだということになります。
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○ その生物の特徴を発現する物質であるタンパク質は遺伝と関係している。
・・・細胞内の実働部隊であるタンパク質と遺伝子との関係を理解しよう。
盛んに分裂を繰り返している若い細胞の中で最も多く含まれる物質は水ですが,2番目はタンパク質です。実は,このタンパク質こそが生命活動を司る重要な物質です。タンパク質は,生体構造の支持,運動,代謝,免疫などの生命活動の中心的物質なのです。
この細胞内の実働部隊であるタンパク質は,どのようにコントロールされているのでしょうか。古くから,タンパク質である酵素の異常に関係する遺伝病が知られていました。例えば,細胞内で発生する過酸化物を安全な水と酸素とに変換するカタラーゼという酵素があります。このカタラーゼをもたない無カタラーゼ症という遺伝病があります。この遺伝病は遺伝の法則に従って遺伝します。このような例から,遺伝と酵素合成とは関係がありそうだと考えられていました。
遺伝と酵素合成との関係を最初に明らかにしたのは,アメリカのビードルとテイタムです。彼らは1945年,アカパンカビの栄養要求株を材料にして一遺伝子一酵素説を発表します。栄養要求株とは,特定の栄養物質を合成できない系統で,その原因が栄養物質を合成する酵素が遺伝的に欠落していると説明しました。1つの変異株(遺伝子に変異があるもの)は1つの酵素を合成する能力が欠落していることから,1つの遺伝子は1つの酵素の合成に関与すると考えたのです。この考えは,酵素以外のタンパク質にも基本的にはあてはまることが明らかになっていきます。
タンパク質のアミノ酸配列を分析する技術が発展すると,生体を構成する重要なタンパク質のアミノ酸配列が次々と解明されていきます。やはり,病気に関係するものはよく研究されています。かま状赤血球貧血症という遺伝性の貧血病があります。これは,酸素が不足する組織で赤血球の形状が鎌状になり酸素運搬能力が低下して起こる貧血症です。かま状赤血球貧血症の人の赤血球を調べると,ヘモグロビンβ鎖の第6番目のアミノ酸がグルタミン酸からバリンに置換していることがわかります。かま状赤血球貧血症は,たった1つのアミノ酸が置換されることで起こる遺伝病だったのです。この解析から,遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列を決定しているのではないかという考えへと発展していきます。
DNA分子の中に存在している遺伝情報とタンパク質のアミノ酸配列を結びつける必要がでてきます。遺伝情報の解読です。また,遺伝物質がどのようにしてそれぞれの「遺伝情報」を「形質」として発現するのかという問題もあります。DNAは核の中に存在しているのに対して,タンパク質は細胞質のリボソームで合成されています。DNAは,高分子で核の外へは容易に出て行けません。この解明の鍵をにぎっているのが次のRNAです。RNAは核酸の一種で,核と細胞質の両方に存在しています。DNAと異なるのはヌクレオチドを構成している糖がデオキシリボースの代わりにリボースとなること,塩基がT(チミン)の代わりにU(ウラシル)なることです。AとUとが相補的関係になります。
○ DNAの3つの塩基配列はタンパク質のアミノ酸に対応している。
・・・DNAの遺伝情報は独立した多数のセンテンスのような単位で存在している。
1958年,クリックはDNAの遺伝情報は以下の順で発現に至ると考え,この解明がもっとも重要なテーマであると主張しました。これをセントラルドグマと呼びます。
DNA ⇒ RNA ⇒ タンパク質
転写 翻訳
クリックはDNAの遺伝情報が核の中でまず相補的な関係を使ってRNAに写し取られ(転写),その写し取られたRNAの情報が細胞質中のリボソームでタンパク質に変換される(翻訳)と考えたのです。核酸の塩基どうしは,DNAとDNA,DNAとRNA,RNAとRNAの間でそれぞれ相補的関係があり,必ず同じ組合せになります。RNAは相補的関係を使用すれば,DNAのコピーとして機能するはずです。
RNAには3種類あることがわかります。DNAの遺伝情報を写し取る時に使用される一本鎖のmRNA(メッセンジャーRNA,伝令RNA),特定のアミノ酸をリボソーム内部へと導入するtRNA(トランスファーRNA,運搬RNA),リボソームを構成するrRNA(リボソームRNA)です。
遺伝子DNAの塩基の種類は4種類であるのに対して,タンパク質を構成しているアミノ酸の種類は20種類あります。これは1対1の対応ではありません。物理学者ガモフは,1955年,数学的には以下のような計算から,3個の塩基の組み合わせ(トリプレット)が1つのアミノ酸に対応しているという考えを提唱します。
DNAの塩基 組み合わせの数
1個 4(4の1乗) < 20
2個 16(4の2乗) < 20
3個 64(4の3乗) > 20
遺伝情報の解読には,人工に合成されたmRNAが使用されます。ニーレンバークやコラーナ他の多くの分子生物学者が人工に合成されたmRNAを使用してDNAの遺伝情報の解読を進めます。遺伝暗号の単位はコドンと呼ばれ,通常,mRNAの3個の塩基の組み合わせで示します。解明されたコドンを表にしたものをコドン表とよびます。コドン表の中には,具体的なアミノ酸と対応しないもの(終止コドン)や開始暗号(開始コドン)があることが分かっていきます。即ち,DNAの連続した塩基配列には,開始コドンと終止コドンをもつことで,情報の単位に区切られていることが判明します。遺伝物質であるDNAは,遺伝情報物質として機能しているのです。
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○ 細胞の分化では遺伝情報物質DNAは殆ど変化しない。
・・・遺伝情報物質DNAの発現と細胞の分化の概略を理解しよう。
遺伝暗号が解読されると,クリックのセントラルドクマにそった形質発現の仕組みが解明されていきます。概要は,核中にあるDNAの遺伝情報は相補的関係を利用してmRNAに転写されます。mRNAは核外に出て細胞質のリボソームに付着し,mRNAの開始コドンから終止コドンまでの遺伝暗号が翻訳されます。この時も相補的関係を利用してmRNAのコドンに対応するアンチコドンをもったtRNAが必要なアミノ酸を運搬してきます。このようにして,DNAの遺伝情報に従って様々なタンパク質が合成されていきます。
私たちの体は,未分化の1個の受精卵から始まり,分裂を繰り返しながら様々な役割を分担する分化した細胞へと変化していきます。発生の過程で細胞の分化が進むのは,①その過程の進行に伴い働いているDNAが変化するのか,それとも,②DNAそのものに変化が生じるのか,について議論されました。ガードンは,1962年,アフリカツメガエルの卵(核に核小体を2つもつ系統)に紫外線を照射し,他の系統(核に核小体を1つもつ系統)のアフリカツメガエルのオタマジャクシの腸上皮細胞から核を吸い取り,紫外線を照射した卵に移植(核移植)すると,核を移植された卵は発生をはじめ,成体のカエルにまで成長することを示しました。このことは,アフリカツメガエルの細胞にはオタマジャクシまで発生が進んでも,成体になるまでに必要なDNAが残されており,発生の過程で細胞の分化が進むのは,①のDNAそのものに大きな変化が生じるのではなく,②の発生過程の進行に伴い働いているDNAの発現が変化するためではないかと考えました。しかし,核移植に関するその後の研究から,移植された核から成体にまで成長する割合は,生物の種,発生の時期,分化の段階によって異なることがわかりました。同一の起源を持ち,均一な遺伝情報を持つ核酸,細胞,個体の集団をクローンと呼んでいますが,クローン生物は,一般に短命とされ,やはり,DNAの状態は受精卵とは全く同じとは言えないようです。
遺伝情報の発現を可視化できる生物が発見されます。ショウジョウバエやユスリカなどの双翅類の幼虫の唾液腺には,間期でも観察できる唾腺染色体があります。唾腺染色体では,染色体の一部が膨らんだパフと呼ばれる構造を形成する場所があります。唾腺染色体のパフでは,mRNAが盛んに合成されています。幼虫の成長の過程でパフが形成される位置を調べると,時期によりパフが形成される位置が変化します。このことからも,成長の過程で働くDNAは変化することが示唆されます。
私たちの体を構成している細胞は,発生の過程で細胞が様々な分化をした結果です。細胞の分化を働いている遺伝情報から眺めると,細胞の生存に必要な遺伝情報以外に,どんな遺伝情報を使用しているかということになります。様々に分化した細胞は,それぞれ異なる遺伝情報が発現しているはずです。近年,転写されたmRNAを分化した細胞から分離し,分析することが可能になりました。このmRNAを調べることで細胞の分化の仕組みをより詳しく探求することができるようになっています。
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Ⅼ3 生物の体内環境の維持(生物基礎第2章)
Ⅼ3-1 体内環境
○ 体液は多細胞動物の個々の細胞にとっての環境である。
・・・水の物理的・化学的性質も理解しよう。
生体は炭素を骨格とした有機物と水及び水に溶けている様々な無機イオンからできています。ギリシャの自然哲学者タレスは「万物の根源は水である。」と述べています。ここで水をH2Oとしてしまうと全くの間違いですが,液状のものと考えると生体にも少し当てはまる気がします。地球型の生命の生存可能な条件の1つは,水が液体である環境があることです。水という物質が液体である環境がこの地球に存在しているから,私たちは生きていられるのです。水(構成元素;H,O)は,生体内に最も多く含まれる物質で,最良の溶媒として様々な化学物質を溶かして,化学反応に直接・間接的に関与します。また,水は比熱(1グラムの物質の温度を1K上げるのに必要な熱量)が大きいので,温まりにくく,冷めにくいです。私たちの体を構成している個々の細胞は多くの水を含んでいるだけではなく,細胞の周りを体液と呼ばれる水を主成分とする液状のものに囲まれています。それぞれの細胞にとっては,体液は環境ということになります。体液を体内環境(内部環境)と呼び,個体の外の環境を体外環境(外部環境)と呼び,区別しています。動物の体は気温などの体外環境の変化に対して,水のもつ物理的・化学的性質をうまく利用して体内環境を一定に保つ仕組みを進化させていきます。進化が進んだ動物の体には,体外環境の変化に対して体内環境を一定に保とうとする性質があります。この働きを恒常性(ホメオスタシス)と呼びます。
○ 私達は体液とその循環するシステム(循環系)を利用して体内環境を維持している。
・・・循環系の発達は,動物の体が大型化することを可能にした。
体液には,血液・組織液・リンパ液の3つがあります。これらを動かす原動力は心臓の拍動です。心臓は血液を全身へ送り出すとともに,送り出した血液を回収します。血液は有形成分(赤血球・白血球・血小板)と液体成分(血漿)とがあります。脊椎動物のように血管が毛細血管で連続している血管系は閉鎖血管系と呼びます。これに対して,エビ・カニや昆虫の仲間のように毛細血管を持たない血管系を開放血管系と呼びます。私達の血管は毛細血管でつながっている閉鎖血管系ですので,有形成分は血管の外にはでることができませんが,血漿は血管の外へしみだすものがあります。この血管外へしみだした体液を組織液と呼びます。組織液が様々な栄養分や酸素を個々の細胞へ運んでいることになります。細胞から放出される二酸化酸素や老廃物を含む組織液は,リンパ管へ回収されリンパ液となり,鎖骨下静脈で血液と合流します。リンパ管は先の閉じた管で逆流防止の弁があり特定の入り口はありませんが,組織へ沁みだした体液を上手に血管の中へ戻す働きを担います。
心臓は神経から分離しても自発的に拍動を続ける自動性をもっています。これは,右心房にある同房結節と呼ばれる特殊な筋肉が規則的に電気信号を出してペースメーカーとして働き,それを心臓全体に伝える仕組みがあるからです。拍動の速さは,体の状態に応じて同房結節に分布する自律神経によって調節されています。
哺乳類の心臓は2心房2心室で,ヒトでは胸腔内の下部のほぼ中央(やや左)に位置しています。心臓の位置が実際の位置より左に感じられるのは,全身に血液を送り出す左心室の筋肉(心筋)の壁が最も厚く一番強く収縮しているからです。心臓からの循環は肺循環と体循環に大別されます。肺循環は心臓から肺を通って心臓に戻るもので,体循環は心臓から全身を回って心臓に戻るものです。心臓から出る血管を動脈,心臓へ戻る血管を静脈と呼びます。肺を中心に循環を考えると,肺を通って多くの酸素を含んでいる血液を動脈血,全身から肺へ戻る血液は静脈血と呼ばれます。肺動脈は静脈血,肺静脈は動脈血となります。心臓から送り出された血液は動脈を通って組織へ運ばれ,毛細血管を通って静脈から心臓へと戻ります。一度毛細血管を通過している小腸から肝臓へつながる肝門脈は静脈に分類されます。流れの緩やかになる静脈にも,逆流を防ぐための弁(静脈弁)があります。
体液の中には,細胞に必要な栄養分や酸素が含まれているだけではなく,老廃物や二酸化酸素も含まれています。当然,栄養物質を吸収したり合成したり分配したりする仕組み,酸素と二酸化酸素の運搬やガス交換の仕組み,老廃物を体外へと排出する仕組みなども必要になります。これらの作業にも肝臓や腎臓だけでなく様々な内臓器官が関係しています。また,これらの臓器の働きの調節は,自律神経系や内分泌系が担当しています。
動物の恒常性は,新鮮な体液を個々の細胞まで行き渡らせる循環系を上手く活用することによって保たれているのです。大型の動物が存在できるのは1兆個を越える数の個々の細胞へ新鮮な体液を供給するシステムがあるからです。
○ 血球の大きさと形態には機能上の意味がある。
・・・血液の有形成分である血球を,大きさ・形態と働きで理解しよう。
血液の有形成分である血球には,赤血球・白血球・血小板の3つがあります。いずれも,造血幹細胞から分化した細胞から形成されます。大きさは赤血球が7~8μm,白血球が10~20μm,血小板が2~4μm程度で,これらの大きさの数値には資料によってバラツキがあります。ここで強調したいのは,いずれも光学顕微鏡で観察できるほどの大きさで,血液の液体成分中にあるタンパク質などの高分子物質よりも遥かに巨大であるということです。
哺乳類の赤血球は成熟する過程で核やミトコンドリア・リボゾームなどの細胞内器官を放出し,細胞膜に包まれたヘモグロビンと呼ばれるタンパク質専用の運搬装置となります。赤血球中のヘモグロビンは,肺で酸素と結合し,組織では酸素を解離する仕組みをもっています。赤血球は核を放出しているので,細胞の長径よりも細い毛細血管の中を変形しながら上手に通ることができます。酸素を使用するミトコンドリアもないので,効率的に酸素を運搬できるのです。
白血球はアメーバのような不定形の構造をしています。「白」は白いことを意味するのではなく,赤血球のような色がない,無色という意味で捉えてください。白血球とは血管の中で観察されるアメーバ状の無色の細胞の総称です。血液の研究が進むと「白血球」と呼ばれていた細胞群に様々な種類と働きがあることが明らかになっていきます。白血球は,細胞として不都合なもの(老化した細胞やその残骸・病原体など)に対応します。体内の清掃担当として機能するために,有核で細胞小器官が活発に活動しています。
血小板は止血のために作られる細胞断片で核はありません。血管が破損すると,その傷ついた組織から信号(トロンボプラスチンという物質)が発せられます。その信号をキャッチして傷口に集まってくるのが血小板です。血小板は自らが傷口をふさぐとともに,血液凝固因子を放出します。血漿中には,小さな球状タンパク質のフィブリノーゲンが大量に存在しています。フィブリノーゲンはトロンビンという酵素の働きで多数連結して繊維状のフィブリンを形成し,傷口付近の血球が固まり,やがて止血します。放出された血液凝固因子はカルシウムイオンなどとともに働き,非活性のプロトロンビンを活性のあるトロンビンへ変化させます。このように,血管では傷つくと止血するシステムが働くのです。今でも,血液は空気(酸素)に触れると止血の仕組みが働くという俗説を耳にすることがありますが,酸素とは無関係のようです。これは,血管が大量の酸素を運搬していることからも推察できます。
このように,血球はその働きにより,適正な大きさと構造をあわせもっています。赤血球は毛細血管をくぐり抜けて酸素を運搬する構造と大きさ,白血球は様々な異物に対応する構造と大きさ,血小板は傷口をふさぐのに必要な構造と大きさがあるということです。
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○ 肝臓は体内最大の物質の合成・分解及び流通・調節の拠点である。
・・・肝小葉の構造とともにその働きを理解しよう。
ヒトの肝臓は暗赤色の臓器で,腹部の右上の横隔膜の真下に位置し,ほぼ肋骨の下に収まっています。ヒトの体内では最大の臓器で,体重の約50分の1程度の重さです。構造上は4つの小葉に別れていますが,機能上は肝小葉と呼ばれる大きさが1㎜程度の構造を単位として働いています。肝臓には50万個程度の肝小葉があり,それぞれに50万個程度の肝細胞があると言われています。血液は肝動脈及び肝門脈から肝小葉へ入り,中央の中心静脈から肝静脈へと流れます。
また,肝細胞で作られた胆汁は胆管を通り,胆のうで濃縮された後に十二指腸(体外)へと放出されます。胆管は肝臓と十二指腸(体外)をつなぐ輸送路の働きを担っているのです。
肝臓はその働きが自覚できないので沈黙の臓器と呼ばれていますが,5百を超える働きがあることがわかっているようです。体内の最大の臓器として,物質の生産・分解(物質加工拠点),物質の吸収や生成物貯蔵と再分配,発生する熱の分配(流通拠点),そして,体液の恒常性(調節拠点)などに深く関わっています。
食後,小腸で吸収されたグルコースやアミノ酸は肝門脈から肝小葉に入り肝細胞へ吸収されます。肝細胞では,グルコースをいったん鎖状に結合させてグリコーゲンとして蓄え,グリコーゲンは必要に応じてグルコースに分解され,血液中に供給されます。アミノ酸は,アルブミンなどのタンパク質に加工されて血液中へ再放出されます。
体内に吸収された毒物や代謝の過程で発生した毒物などを解毒するのも肝臓の働きです。タンパク質などの窒素化合物の代謝では有害なアンモニアが発生することがあります。アンモニアは肝細胞で比較的無害な尿素に変換されます。アルコール(エタノール)も無害な二酸化酸素と水に分解されます。なお,エタノールを分解する能力は遺伝的な個人差があります。この原因の1つが,エタノールを分解する過程で発生するアセトアルデヒドを分解する酵素の処理能力の違いです。しかし,急性アルコール中毒は一気飲みなどでアルコールを急激に取り込んだ時に起こり,お酒の強い・弱いには無関係で,場合によっては死に至ります。加害者にも被害者にもならないように注意しましょう。
古くなった赤血球は脾臓・肝臓・骨髄で破壊されますが,その分解産物の一部は肝細胞で胆汁に加工され,胆管を通り十二指腸での脂肪の代謝を助けます。口から肛門までは体外への通路ですので,肝臓は胆管という体外への通路を有効利用していることになります。
肝臓の代謝で発生した熱は体温の維持に働きます。また,それぞれの反応の速度を調節すると,恒常性の維持ができることになります。これらの調節には自律神経系や内分泌系が深く関わっています。
肝臓の働きとして紹介したことは,すべて肝小葉を単位として行われています。1つの肝小葉には肝臓の構造と機能とが全部揃っているのです。そして,不思議なことには,手術で肝臓の一部を除去しても再生することができます。
○ 体液の浸透圧も体内環境の重要な要素である。
・・・細胞と浸透圧との関係を理解しよう。
細胞は細胞膜で外界と区別されています。細胞膜は半透性とよばれる物理的・化学的性質をもっています。半透性の膜を半透膜と呼び,外液の成分の中で特定の物質のみを透過させます。半透膜を透過できる物質の代表は水ですが,一般的には小さな物質や,膜と親和性の高い物質のみを透過させます。半透膜を介して濃度が異なる物質が存在すると,濃度が低い方から高い方へ主に水が移動します。(水が多い方から少ない方へ水が移動)半透膜を介して水が移動する現象を浸透と呼び,浸透する力を浸透圧と呼びます。溶液の浸透圧は半透膜を介して水と接している時の圧力で表示され,温度と溶液の濃度の積に比例します。恒温動物の体温はほぼ一定に保たれていますので,体液の濃度が重要な意味を持っています。海水浴の時喉が乾くことや,ナメクジに塩をまぶすとナメクジの細胞から水が吸い取られて小さくなることなどは,その具体例です。これらは,細胞膜の外側が細胞より濃度が高い状態になることで起こります。
体液の浸透圧を考える例として赤血球が用いられます。ヒトの赤血球を様々な濃度の食塩水の中に入れて観察すると,その食塩水の濃度によって膨張して破裂したり,収縮して変形したりします。これらの現象は,細胞膜を介した水の移動で起こります。赤血球は浸透圧を調節する仕組みをもちませんので,ほぼ細胞と外液との相対的な濃度関係で水の移動する向きが決まることになります。外液の濃度が細胞より高いものを高張液,外液の濃度が細胞より低いものを低張液,外液の濃度が細胞と等しいものを等張液と呼びます。赤血球を等張液に浸した場合は相対的な水の移動は起こりませんが,それ以外では水が濃度の低い方から高い方へと移動します。赤血球を低張液に浸した場合は,細胞の外側から内側へ水が侵入してきます。赤血球を蒸留水(0%)に浸すと大量の水が短時間で侵入して赤血球が崩壊する,溶血と呼ばれる現象が起こります。逆に,赤血球を高張液に浸した場合は,細胞の内側から外側へ水が吸い取られ,赤血球は収縮し本来の機能が低下します。ですから,赤血球などの私達の細胞は,常に等張液に浸っている必要があります。従って,私達の体には,体液の成分とその浸透圧を一定に保つ仕組みがあることになります。
動物細胞を生きた状態で観察する場合も,細胞を等張液に浸しておく必要があります。一番簡単にできる等張液は,生理食塩水と呼ばれる食塩(塩化ナトリウム)のみで作成した食塩水です。等張液の濃度は動物の種によって異なり,ヒトの生理食塩水の濃度は,0.9%になります。ヒトの体液には,塩化ナトリウム以外にも様々な塩類などが含まれていますので,より体液の液体成分にちかい塩類溶液が開発されています。動物細胞や組織などが生理的状態を維持できるように調製した塩化ナトリウムを主成分とする等張液を生理的塩類溶液と呼びます。現在販売されているスポーツドリンクの多くは,この生理的塩類溶液を食品用に応用したものです。
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○ 腎臓は体液の成分とその濃度(浸透圧)とを調節する臓器である。
・・・ネフロン(腎単位)でのろ過と再吸収の仕組みを理解しよう。
ヒトの腎臓は暗赤色のこぶし大の臓器で,腹腔内背側に左右1対あります。腎臓は,外側から皮質・髄質・腎うという3つの部分からできています。体液は腎動脈から入り,腎静脈へと戻るものと輸尿管を通り体外へと排出されるものとに分かれます。腎臓は老廃物を尿として体外へと排出する過程を通して,体液の成分とその濃度(浸透圧)とを調節を行っています。この一連の過程はネフロン(腎単位)という機能上の単位で行われています。ネフロン(腎単位)は,1つの腎臓に100万個程度あると言われています。
腎臓は不要になった物質を老廃物として体外へ排出する訳ですが,私達の細胞は体液の不要な物質を選択的に排出する仕組みをもちません。この問題を解決する方法として,老廃物の排出を,体液を一度ろ過して必要性に応じて再吸収するという2段階で行っています。
第1段階は,腎動脈からの血液を皮質にある腎小体とよばれる構造で,毛細血管が球状になった糸球体から,血液のタンパク質などの高分子以外の液体成分を,体外への排出経路の入り口であるボーマンのうへと,ろ過する過程です。ボーマンのうへとろ過された体液を原尿と呼びます。第2段階は,ろ過された原尿が,腎細管を通過する間に選択的に再吸収され,更に集合管で水が再吸収されて尿が形成される過程です。形成された尿は集合管から腎うに入り,輸尿管からぼうこうなどを通って体外へと排出されます。
原尿は150~180L程度形成されるのに対して,尿は1.5L程度しか形成されません。これらの数値は生理条件や文献などによってかなりバラツキがありますが,排出される尿はろ過された原尿の100分の1以下で,濃度は100倍以上に濃縮されていることに気がつくでしょう。大切なことは,ろ過された物質の種類によって濃縮される割合が異なることです。
ネフロン(腎単位)での体液のろ過と再吸収は以下の3つに大別されます。
① ろ過されないもの
② ろ過されるがすべて再吸収されるもの
③ ろ過されても,全ては再吸収されないもの
①はそれぞれの大きさの問題で,血球やタンパク質などの高分子化合物です。②はエネルギー源のグルコースのみです。殆どの液体成分が③の「ろ過されても,全ては再吸収されないもの」になります。窒素の代謝で発生するアンモニアは肝臓で比較的無害の尿素に変換されますが,尿素はあまり再吸収されずに濃縮される物質の代表です。
再吸収される物質の割合は,体液の状態によって変化します。食事などで高濃度の塩分を摂取し過ぎた場合は,体液の塩分濃度(浸透圧)が上昇しますので,脳下垂体後葉からバソプレッシンが分泌され,水の再吸収を促します。逆に暑いときなどに水分を多量に摂取し過ぎた場合は,体液の塩分濃度(浸透圧)が低下しますので,副腎皮質から鉱質コルチコイドが分泌され,ナトリウムイオンなどの再吸収を促進します。このように腎臓では,ろ過と再吸収とを巧みにコントロールして,私達の体液の恒常性を上手に維持しています。
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Ⅼ3-2 体内環境の維持
体内環境の維持では,自律神経とホルモンとが重要な働きを担っています。神経が,作用する構造(器官・組織・細胞)まで神経のネットワークを直接伸ばすのに対して,ホルモンは,全く独立した場所から血液などの体液を介して作用する構造(器官・組織・細胞)にメッセージを伝えます。ここでは,体内環境の維持に関する基本的な仕組みを学びましょう。
○ 神経系はその構造や働き,視点によって呼び方が異なっている。
・・・神経系の概要と自律神経の基本的な仕組みを理解しよう。
神経組織はニューロン(神経単位)と呼ばれる基本単位から構成されています。ニューロン(神経単位)が一定の構造をつくったものが神経系です。私達の神経系を構造の視点から捉えると,ニューロンが多数集合してネットワークを形成している部分と,そこから周囲につながっている部分とに分けることができます。ニューロンの集合した構造を中枢神経系と呼び,そこから周囲(体表や組織・器官)に分布する神経系を末梢神経系と呼びます。
中枢神経系は,脳(大脳・間脳・中脳・小脳・延髄)と脊髄に分かれています。
末梢神経系は,働きの視点から体性神経系と自律神経系に区分されます。また,構造(分岐する中枢の違い)の視点から脳からでる脳神経と脊髄からでる脊髄神経に区分されます。さらに,刺激を伝える方向性から末梢からの刺激や興奮を中枢へ伝達する求心性神経と,中枢より末梢へ興奮を伝達する遠心性神経とに区別されます。
体性神経は感覚や運動に関する神経系で,求心性の感覚神経と遠心性の運動神経があり,最高中枢は大脳です。自律神経系は,大脳とは無関係に働く神経系で,分布と働きの違いから交感神経と副交感神経に区別され,ともに神経節を経由してそれぞれの分布場所に至ります。最高中枢は間脳です。
体内環境の維持は神経系では主に自律神経系が担っています。体の多くの部位(体表付近や組織・器官)には,交感神経と副交感神経との両方が分布しています。このように二種類の神経による制御システムを二重神経支配と呼び,交感神経と副交感神経とは互いに拮抗的に働いています。交感神経は脊髄から分岐する脊髄神経のみですが,副交感神経は,中脳・延髄・脊髄から分岐しています。延髄から分岐し内臓に分布する副交感神経(脳神経)は迷走神経と呼ばれます。
自律神経系は最終的には作用する部位(体表や組織・器官)の同じ細胞に異なる命令を出すことになります。神経の末端から他の細胞に向かって分泌される物質(メッセージ)を神経伝達物質と呼び,自律神経の末端では,交感神経からはノルアドレナリン,副交感神経からはアセチルコリンと呼ばれる神経伝達物質がそれぞれ分泌されます。
自律神経系の働きを調節するのは間脳です。緊張している時や活発に活動している時などには,間脳は,交感神経を介しノルアドレナリンを,逆に安静時には副交感神経を介してアセチルコリンをそれぞれ分泌させます。自律神経たらの神経伝達物質を受け取った部位ではそれぞれのその部位の働きに応じた反応を起こします。このように,間脳は意識とは独立に,二重神経支配を行い,異なる神経伝達物質の分泌をコントロールすることにより,体内環境を上手に維持しています。
○ ホルモンは内分泌腺の細胞で合成される特定の細胞へのメッセージ物質である。
・・・ホルモンが体内環境の維持に関係する仕組みを理解しよう。
細胞内で合成された物質を細胞外へ分泌するために分化した細胞集団を分泌腺と呼びます。分泌腺には,排出管(導管)をもち物質を体外に放出する外分泌腺と,排出管をもたず物質を体液中に放出する内分泌腺とがあります。内分泌腺から放出される物質はホルモンと呼ばれ,微量で働き,他の場所にある細胞に影響を与えます。ホルモンが働きかける器官を標的器官と呼びます。標的器官にある細胞(標的細胞)は内分泌腺の細胞からのメッセージを受容する仕組みをもっています。ホルモンは種類によって様々な化学物質としての異なった構造があり,標的細胞は特定の化学構造をもった物質とのみ結合する受容体と呼ばれる構造をもっています。ホルモンは全く別の場所から体液にのって移動して行きますが,そのホルモンの受容体以外とは結合しませんので,特定の標的器官に働くことができる訳です。
ホルモン分泌の調節は,間脳の視床下部とそれにつながる脳下垂体が重要な役割を担っています。ヒトの脳下垂体は,前葉と後葉とがあります。間脳の視床下部には,神経分泌細胞と呼ばれる細胞があり,軸索を前葉にはいる血管及び後葉内に伸ばしています。前葉方向に軸索をのばした神経分泌細胞からは,分泌促進ホルモンや分泌抑制ホルモンが分泌され前葉から分泌されるホルモンの調節を行っています。後葉に軸索を伸ばした神経分泌細胞から放出されたホルモンは,後葉中にいったん蓄えられます。前葉は神経分泌細胞からの分泌促進ホルモン及び分泌抑制ホルモンによって調節されて独自のホルモンを分泌しますが,後葉は神経分泌細胞から分泌されたホルモン(バソプレッシンなど)を貯蔵して必要に応じて分泌することになります。
ホルモンの分泌量は,フィードバックによって調節されています。フィードバックとは,調節などのシステムの中で,出力(結果;最終的に分泌されたホルモンなど)が入力(原因;分泌の指令を出してる視床下部など)側に戻ることを言います。フィードバックによる調節をフィードバック調節と呼びます。フィードバック調節は,体液中のホルモン濃度を適正な範囲に保つために重要な働きをしています。
チロキシンは甲状腺から分泌され,様々な細胞に働きかけ代謝を促進するホルモンです。体液中のチロキシン濃度が低下し過ぎると生命に重大な危機となります。体液中のチロキシン濃度が低下すると,視床下部から脳下垂体前葉へ甲状腺刺激ホルモンの分泌を促し,甲状腺からのチロキシンの分泌を促進します。体液中のチロキシンの濃度が一定レベルを超えると,逆に過剰なチロキシンがフィードバックされ視床下部及び脳下垂体前葉の働きを抑制し,代謝を抑えることになります。チロキシンのように私たちの体内に分泌されたホルモンは,フィードバック調節よって,濃度が上昇し過ぎると分泌が抑制され,不足していると分泌が促進されることによって,適正なレベルに調節されています。
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○ 自律神経系と内分泌系とは相互に関係しあいながら恒常性に貢献している。
・・・より安全により効率的に生命活動ができている仕組みを学ぼう。
体内環境の恒常性は,主に自律神経系と内分泌系との働きあいにより調節されています。その代表的な例として,「血糖量の調節」と「体温の調節」とについて考えてみましょう。
<血糖量の調節>
「血糖」とは,血液中のグルコース(細胞のエネルギー源)のことで,血糖の濃度のことを「血糖量」と呼び,通常100mL中のグルコースの質量(㎎)で表し,空腹時には80~100㎎程度です。血糖量は,下がり過ぎると生命の維持が困難になり,逆にあがり過ぎると糖質が腎臓から体外へと漏れだしてしまいます。
食事などで多量の糖質を摂取すると消化吸収の過程で血糖量が急激に増加します。血糖量の上昇は糖中枢である間脳の視床下部にフィードバックされ,自律神経系の副交感神経を介してすい臓のランゲルハンス島B細胞からのインスリン分泌が促進されます。インスリンは様々な組織でのグルコースの消費を促すとともに,肝臓でのグルコースからグリコーゲンへの合成を促進します。しかし,血糖量はやがて増加から減少に転じ次第に不足ぎみになります。血糖量が不足すると,その情報がすい臓のランゲルハンス島A細胞にフィードバックされ,グルカゴンの分泌を促します。間脳の視床下部にもフィードバックされ,自律神経系の交感神経を介してA細胞を刺激します。グルカゴンは,肝臓でグリコーゲンからグルコースへの分解を促進し血糖量の増加を促します。また,視床下部から交感神経を介して副腎髄質が刺激され,アドレナリンが分泌されます。アドレナリンは,肝臓に貯蔵されたグリコーゲンの分解を促し,血糖量を増加させます。さらに血糖量が低下すると,脳下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモンが分泌され,副腎皮質から糖質コルチコイドが分泌されます。糖質コルチコイドはタンパク質がグルコースに変換する反応を促進し,血糖量を増加させます。このように,自律神経系と内分泌系とが相互に関係しあいながら,血糖量を適正な範囲に調整しています。
血糖量を増加させるホルモンは複数存在していますが,血糖量を減少させるホルモンは,すい臓のランゲルハンス島B細胞からのインスリンのみです。これは,自然界では摂食による糖質を獲得する機会は多くはないのに対して,生きていくためには細胞に糖質の補給が常に必要であるためです。しかし,飽食の時代と呼ばれる現在は,生活習慣病としての糖尿病(Ⅱ型糖尿病)が問題になっています。糖尿病とは,血糖量が再吸収可能な範囲を超えて上昇し,結果として再吸収できなかった糖質が尿中に漏れだす病気で,多くの合併症を引き起こします。Ⅱ型糖尿病は,飽食の習慣が主な原因とされ,長い生命の歴史のなかで,一部の人間やそのペットなどが獲得した病気です。ですから,その予防も初期の治療も,自分の力でできるはずです。
血糖量の調節 図 - Bing images
<体温調節>
ヒトを含む哺乳類や鳥類は,体温を外界の温度とは無関係に一定の範囲に維持することができる恒温動物です。ヒトでは,体温の調節は次のように行われています。
寒いときは,皮膚の温度受容体(冷点)から感覚神経を通して間脳の視床下部へ情報が伝えられます。視床下部からは,交感神経を通して,皮膚・心臓・肝臓や筋肉に直接指令が行くとともに,副腎髄質を介してアドレナリンの分泌を促進します。また,視床下部からは,脳下垂体前葉を介して甲状腺からのチロキシンの分泌を促進します。結果として,皮膚では立毛筋・毛細血管は収縮し,汗腺の分泌が抑制され,体表からの熱放散が減少します。肝臓や筋肉では分解反応が促進され熱発生が増加し,拍動が促進された心臓の働きで,熱が全身に分配され,体温が維持されます。暑いときは,皮膚の温度受容体(温点)から感覚神経を通して間脳の視床下部へ情報が伝えられます。視床下部からは,交感神経を通して,皮膚に直接指令が行き,汗腺の分泌が促進され,体表からの熱放散が増加します。また,副交感神経を通して,心臓・肝臓や筋肉に働きかけ,代謝が抑制され熱発生を抑えます。寒冷のときは,代謝を促進して熱を発生することができますが,暑いときは代謝では熱は下げることはできません。体温を自力で積極的に下げる手段をもっていない訳です。ですから,暑いときは適度に水分を補給しながら,エアコンを上手に使いましょう。エアコンの中にいても脱水症状で倒れる人がいます。水分の補給も忘れずに。また,エアコンの効いた(効き過ぎ?)部屋から,急に外で部活を始めて倒れる生徒もいるようです。温度の急激な変化にも要注意です。
ヒトは恒温動物として一定範囲の温度条件内では,体温を一定に保つ仕組みをもっています。恒温動物は変温動物に比べ約30倍のエネルギーを使用しているとも言われます。この常時活動できる体を保持できているのが,細胞のエネルギー補給システムである「血糖量の調節」と,細胞の安定的な代謝条件を整えている「体温の調節」ということになります。
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Ⅼ3-3 免疫
私たちは,多くの生物とともに生きています。身の回りの生物の中には,私たちの体内に侵入して,病気を引き起こす原因となるやっかい者もいます。しかし,私たちはこのやっかい者に,現時点では一度も負けていない訳です。実は,私たちは,このやっかい者に対抗する優れたシステムをもっています。ここでは,免疫と呼ばれる病気に対抗するシステムを中心に学習します。
○ 私たちの体は複数の防御システムにより護られている。
・・・生体防御システムの全体像を理解しよう。
私たちの体を病原体などの異物から守るシステムを生体防御と呼びます。生体防御の第一の防衛ラインは,体の内外の表面です。体の表面には,異物の侵入を防ぐために物理的・化学的防御や他の生物を利用した防衛システムがあります。皮膚では角質層と呼ばれる死細胞が表面を覆っています。角質層は異物侵入の物理的障壁となるとともに,死細胞にはウイルスは感染できませんので,ウイルス感染の予防にも役立っています。また,乳酸菌(美肌菌?)が繁殖していて,表面を弱酸性に保つことにより他の細菌の繁殖を抑えています。消化管や器官などの内表面は粘膜で覆われ,粘液により異物が細胞表面に付着するのを防いでいます。気管では繊毛をもった細胞が繊毛運動で異物を体外にかき出しています。消化吸収の中心的役割を果たしている腸には,腸内細菌と呼ばれている多種多様な細菌が繁殖しています。多くの腸内細菌は,消化産物を腸上皮の細胞と奪い合う(分かち合う?)ことになりますが,一定の範囲内でやっかいな侵入者たちの増殖も抑えてくれます。また,体の外表面から分泌される涙・汗・鼻水や体の内表面から分泌される唾液・胃酸の中には,リゾチームと呼ばれる細菌類の細胞壁を分解する酵素が含まれています。
内外の体表面に傷ができると,傷口から異物が侵入します。また,感染力の強い病原体が体内への侵入に成功することがあります。第一の防衛ラインを突破して体内に侵入した異物に対しては,第二の防衛ラインとして「自然免疫」と呼ばれるシステムが働きます。生物で用いられている「免疫」という言葉は,異物の侵入により引き起こされる病気などを阻止する細胞によるシステムのことです。ここからは,昔,「白血球」と呼んでいた細胞が主人公になります。白血球は,細胞の大きさ・形・働きの違いから多くの種類に分類されています。自然免疫は,白血球の「食作用」による異物撲滅作戦です。体内に侵入した異物を,まずは,全部食べ尽くすことを目指します。登場する白血球には,「マクロファージ」・「好中球」・「樹状細胞」・「ナチュラルキラー細胞(NK細胞)」があります。
第二の防衛ラインの自然免疫だけでは対応が困難な場合には,最終防衛ラインである「獲得免疫」と呼ばれるシステムが働きます。ここからは,「リンパ球」と呼ばれていた白血球が参戦します。リンパ球は主にリンパ節やリンパ管の中で多く観察されることからその名がついたそうです。新たに登場するリンパ球は,「B細胞」と「T細胞(ヘルパーT細胞・キラーT細胞)」です。なお,自然免疫のナチュラルキラー細胞もリンパ球です。B細胞は骨髄に,T細胞は胸腺に,それぞれ由来します。高校では,最終防衛ラインとなる「獲得免疫を中心に学習することになります。
○ 免疫の基本は「自己」と「非自己」との認識システムである。
・・・全ての細胞表面に主要組織適合性複合体が存在している意味を理解しよう。
全ての細胞表面には,主要組織適合性複合体(MHC;Major Histocompatibility Complex)と呼ばれる糖タンパク質が存在しています。主要組織適合性複合体は種や個体によっても異なり,ヒトの主要組織適合性複合体はヒト白血球抗原(HLA;Human
Leukocyte Antigen)と呼ばれます。ヒト白血球抗原は,白血球の血液型として発見されたものですが,全ての細胞に存在しています。ヒト白血球抗原に関する遺伝子は第6染色体に複数存在していて,結果として,多様なタイプ(数万種類?)を発現します。ヒト白血球抗原のタイプは親子でも異なりますので,当然,他の生物とは明らかに異なります。ですから,細胞としての「自己」を表現するマークとして機能しているのです。私たちの体は,全ての細胞に存在しているヒト白血球抗原の同じマークを「自己」と認識し,体内に存在する同じマークをもたない異物を「非自己」として排除する仕組みをもっています。この「自己」を「非自己」と区別し,体内に侵入した「非自己」を排除する仕組みが,「自然免疫」と「獲得免疫」ということになります。
ヒト白血球抗原を全ての細胞に表示させれば,「自己」を「非自己」と区別はつくようになりますが,どうして「自己」は攻撃しないのでしょうか。免疫系の細胞が自己を攻撃しないことを「免疫寛容」と呼びます。T細胞は胸腺で分化し成熟しますが,この成熟の過程で,ヒト白血球抗原で自己の抗原を提示されます。その時,自己の抗原を攻撃するT細胞は全て死滅し,自己を攻撃しないT細胞のみが残り,免疫を担当するようになります。この過程を,「T細胞は成熟の過程で,胸腺で免疫に関する教育を受ける。」と例えられます。胸腺はなぜか,成長の過程で次第に小さくなってしまう器官です。この理由として「胸腺はT細胞の教育を終えたので・・・」などと説明されます。このような例えがどれ程実態を表しているのかはわかりませんし,他の免疫系の細胞がどのように免疫寛容を獲得していくのかも存じあげません(大部分は研究中の課題?)。しかし,正常に作動している免疫系では,同一構造のヒト白血球抗原に自己と同じ抗原を提示する細胞を,「自己」と認識し攻撃することはなく,それ以外の異物を,「非自己」と認識し攻撃するシステムが働いています。
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○ 獲得免疫には体液性免疫と細胞性免疫とがある。
・・・ヘルパーT細胞を中心とした免疫系の連携を理解しよう。
体内への異物の侵入の初期対応は,自然免疫が担いますが,病原体などの増殖が進むと獲得免疫へ対応が進みます。獲得免疫が発動する原因となる物質を「抗原」と呼びます。前述のヒトの主要組織適合性複合体(自己のマーク)であるヒト白血球「抗原」(HLA)という名称は奇異に感じられますが,初めは,輸血のときに他人の体内に「抗原」として働き,獲得免疫が発動する原因となる構造として理解されていたためです。
異物の侵入で盛んに食作用行っている樹状細胞は,異物の情報(抗原情報)を細胞の表面に提示(抗原提示)します。抗原情報は多種多様になりますが,不思議なことにこの抗原情報は担当のヘルパーT細胞へ伝わります。情報を受け取った担当のヘルパーT細胞の対応には,体液性免疫と細胞性免疫という大きく分けて2種類の手段があります。
体液性免疫とは,B細胞に「抗原」に対抗する「抗体」と呼ばれるタンパク質を合成させ,体液中に放出させる方法です。樹状細胞から抗原情報を受け取った担当のヘルパーT細胞は活性化し,インターロイキンという物質で担当のB細胞を活性化します。担当のB細胞は分裂を繰り返して,やがて,抗体産生細胞へ分化します。抗体産生細胞はヘルパーT細胞の抗原情報に従って,抗原と結合する抗体を産生し体液中に放出します。1つの抗原情報によりB細胞が産生するのは1種の抗体のみです。抗体は免疫グロブリンと呼ばれるY字型のタンパク質で,抗原の立体構造に応じて無限にデザインできるような構造になっており,1種の抗体は特定の抗原とのみ結合します。抗原と抗体の反応を抗原抗体反応と呼び,多数の抗体と抗原抗体反応を起こした抗原は,弱毒化してマクロファージによって処理されます。
細胞性免疫では,キラーT細胞という細胞が直接対応します。キラーT細胞は,病原体に感染した細胞やガン化した細胞を担当します。樹状細胞から抗原情報を受け取った担当のヘルパーT細胞は活性化し,インターロイキンという物質で担当のキラーT細胞を活性化します。(インターロイキンはヘルパーT細胞から分泌される細胞間の情報物質の相称で,現在30種類以上知られているそうです。)担当のキラーT細胞は活性化し盛んに増殖し,移動して提示された抗原情報をもつ細胞へ直接襲いかかり,死滅させます。
活性化されたB細胞やT細胞は,働きが終了すると大部分は消滅しますが,一部は記憶細胞として体内に残ります。B細胞やキラーT細胞が特定の抗原に対する情報をもって体内に残ることを免疫記憶と呼び,担当の抗原が再び侵入してくると速やかに対応することができます。
医学が発展すると,自然界では起こらないことが,医療行為よって体内で起こります。輸血や臓器移植は,治療目的で他人の細胞を体内に導入する訳ですから,当然,免疫系の反応が起こります。HLAの型の異なる他人の皮膚を移植すると,移植片の細胞はキラーT細胞やナチュラルキラー細胞から攻撃を受けて死滅し,最後は表面から脱落します。このような非自己の移植構造物に対する免疫系の反応を拒絶反応と呼び,移植に際に起こる拒絶反応を移植免疫と呼びます。通常の移植では,免疫系の働きを抑える免疫抑制剤が使用されることもありますが,骨髄移植では,数少ないHLAのタイプが一致するヒトからでないと移植はできません。骨髄バンクへの登録が呼びかけられるのはそのためです。
○ ABO式血液型は赤血球表面の糖鎖の違いにより類型化されたものである。
・・・未知の凝集原(抗原)に対して凝集素(抗体)をもつ仕組みも考えてみよう。
赤血球の表面には250種以上の表面抗原があるそうですが,ABO式血液型で使用されるA 抗原およびB抗原はその代表的な抗原です。ABO式血液型では,これらの抗原を凝集原と呼び,A抗原を凝集原A,
B抗原を凝集原Bと呼んでいます。赤血球の表面にA抗原があるとA型,B抗原があるとB型,AとBの両方の抗原があるとAB型,両抗原が無いとO型と呼びます。ABO式血液型の抗原の違いは,赤血球の細胞膜から飛び出している土台となる糖鎖の先端部分の僅かな差異です。ABO式血液型は,1900年にオーストリアの医学者カール・ラントシュタイナーにより発見されました。
ABO式血液型が問題になるのは,輸血の時です。輸血は非自己を体内へ持ち込む訳ですので,当然,免疫系が作動することが予想されます。しかし,幸いなことに,輸血された血液の有形成分の殆どを占める赤血球にはHLAは存在しません。輸血された赤血球は非自己とは認識されず,当然,免疫系からの攻撃から免れるはずです。しかし,皆さんもご存じの通りA型のヒトにB型の血は輸血しません。A型の血液にB型の血液を混ぜると凝集してしまうためです。AB型以外の血しょう中には,凝集素と呼ばれる抗体が大量に存在しているからです。A型のヒトにはB抗原(凝集原B)を凝集させる凝集素β,B型のヒトにはA抗原(凝集原A)を凝集させる凝集素α,O型には凝集素αと凝集素βが存在しています。AB型のヒトに凝集素がないのは,自己に対する抗体はできないからです。
抗原 抗体
A型 凝集原A 凝集素β
B型 凝集原B 凝集素α
AB型 凝集原A,凝集原B 凝集素なし
O型 凝集原なし 凝集素α,凝集素β
輸血以外に他人の血液の抗原情報をもつ機会はありません。抗体は,抗原情報がなければできないはずです。どのようにして,異なるタイプの抗原情報を得るのでしょうか?私も長い間,疑問でした。近年の研究から次のような考えが有力視されています。ヒトは生まれつきABO血液型のA抗原,B抗原に対する抗体を産生する能力があり,腸内細菌の類似した構造を抗原情報として抗体を産生します。その場合,自己に対する抗体はできませんので,上記のような組合せで抗体(凝集素)が産生されていくことになります。ですから,生後まもない新生児の血しょうでは,凝集反応は起こらないことになります。
現在の輸血は同じ血液型でないと行いませんが,凝集原をもたないO型のヒトの血液は少量であれば全ての型のヒトに輸血することができます。また,凝集素をもたないAB型のヒトには少量であれば全ての血液型のヒトから輸血ができます。
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○ Rh式血液型は,アカゲザルの赤血球にあるRh抗原の有無を調べたものである。
・・・輸血や妊娠の時起こるやっかいな現象やその対応も理解しよう。
アカゲザルの赤血球をウサギに注射すると,ウサギはアカゲザルの赤血球に対する抗体を産生します。アカゲザルの赤血球の表面には,Rh抗原と呼ばれる抗原があり,ウサギはRh抗原を持ちませんので,Rh抗原に対する抗体(Rh抗体)を産生します。Rh抗体を含んでいるウサギの血清は,Rh抗原の検査試薬として用いることができます。このRh抗原を含む血清でヒトの血液を調べると,凝集反応が起こるヒトと起こらないヒトとがいることがわかりました。Rh抗体で凝集反応を示すヒトの血液にはRh抗原があり,Rh抗体で凝集反応を示さないヒトの血液にはRh抗原がないことになります。Rh抗原をもつヒトをRh+型,Rh抗原をもたないヒトをRh-型と呼びます。アカゲザルと共通のRh抗原をもつヒトの割合は国によって異なり,日本では99.5%のヒトがRh抗原をもつRh+型となっています。
Rh式血液型が問題になるのは,輸血の時です。ABO血液型と同様,通常の輸血では異なる血液型のヒトから輸血は行いません。検査には,稀に間違いもあります。2種類の血液型の献血手帳をもっていた高校生がいたそうです。間違えてRh-型のヒトにRh+型のヒトの血液を輸血しても,1回目は問題ありません。しかし,Rh-型のヒトは輸血とともにRh抗原を非自己と認識してRh抗体を産生し始めます。2回目の輸血では,Rh抗原に対する十分な量のRh抗体が準備されていますので,たちまち凝集反応が起こり,場合によっては生命の存続の危機になります。心配な方は3回以上の献血(検査)をお薦めします。
Rh-型のヒトの女性がRh+型のヒトと結婚した場合,多くの場合はRh+型の子が産まれます。妊娠は母体が奇跡のような技をくりだして,非自己である子と母親とが共存できるようになっています。しかし,分娩の時には胎児の血液と母親の血液とが一部交じり合い,非自己の情報を交換することになります。出産した母親の体内では,Rh抗体を産生し始めます。問題になるのは,輸血同様に2回目の出産の時です。母親の血液の中で産生された大量のRh抗体が胎児の体内へ侵入した結果,新生児は極度の貧血や黄疸をもって産まれてきます。このようにして産まれてきた新生児は,同じABO血液型でRh抗体を持たないRh-型の血液と交換輸血することになります。この交換輸血は大変ですので,現在は,血液が侵入する可能性が高い第1子の妊娠の末期と出産の直後に2回,Rh抗体を母親に注射します。タイミングよく母親にRh抗体を注射すれば,子供からのRh抗原を母親の免疫系が認知する前に取り除くことができます。この方法で予防すると,母親が子供に対するRh抗体を産生する割合が千分の一程度に低下するそうです。
○ 免疫記憶の仕組みを応用すれば侵入が予想される病原体に対応することができる。
・・・免疫の医学への応用についても理解しよう。
獲得免疫の弱点は,抗原情報をもらってからでないとシステムが作動できないことです。そのため,繁殖力の強い病原体が侵入すると対応が間にあわないことになります。医学の進展の中で,病原体に対抗する様々な手段が考案されました。その1つが,免疫記憶の仕組みの応用です。免疫記憶とは,異物除去が完了した後も担当したB細胞やT細胞がその抗原に対する情報をもって体内に残ることです。免疫系の細胞の最初の異物への対応を一次応答と呼び,同一の異物が再び体内に侵入したときの対応を二次応答と呼びます。二次応答は一次応答に比べると,より短時間でより強くなります。この仕組みを応用して,感染する前に病原体の情報のみを与えれば,感染せずに免疫記憶だけを得ることができるはずです。
医学史の中で最初に免疫記憶を利用した予防法を開発したのは,イギリスの医師ジェンナーです。彼は「一度牛痘に感染した人は天然痘にかからない。」という情報を基に研究を重ね,身の回りの人に牛痘の膿を接種し,天然痘に対する有効性と人体に対する安全性とに関する臨床試験を行いました。牛痘の膿を接種された人は発熱・不快感などはありましたが,天然痘に対する有効性が確認されました。この牛痘の膿を健康な接種し天然痘を予防する方法を種痘法と呼びます。現在の基準からすると初期の種痘法は十分な有効性・安全性が確認されたとは言えませんが,天然痘は当時人の命に関わる病気でした。1798年,この結果を発表すると,種痘法は次第に世界に広がり改良をされながら,ついに天然痘は20世紀に撲滅されることになります。
牛痘の膿のように体内に医療目的で接種される異物をワクチンと呼びます。ワクチンによる病気の予防法をワクチン療法と呼び,前もってワクチンを接種することを予防接種と呼びます。牛痘の膿の中には,病気の原因となる病原体のウイルスが存在します。種痘法では,牛痘の膿中に存在するウイルスに対する抗体を産生することになります。このウイルスの構造が天然痘ウイルスの構造に類似していたため,産生された抗体が天然痘ウイルスに対しても働いた訳です。
ワクチン療法は,近年劇的な進歩を遂げています。初期のワクチンは,種痘法のように生きたウイルスやBCGワクチンのように病原体を弱毒化した生きた病原体を使用するものでした。死滅していない病原体を使用するものを生ワクチンと呼びます。やがて,病原体を化学的に処理し抗原情報として使用するようになります。病原体としての機能を不活性化して使用するものを不活化ワクチンと呼びます。ワクチン療法は生きた病原体を抗原情報として接種する方法から始まり,抗原情報を示す物質のみを接種する方法へと進展していったことになります。遺伝学が進歩すると,抗原情報としてその抗原の特定の部位の遺伝情報を使用する方法が開発されます。新型コロナウイルスに対して使用されたmRNAワクチンはその例です。
ワクチン療法の応用例として,血清療法があります。これは,へび毒のように対時間で処置が必要な場合のように,前もって他の動物が産生した抗体を含む血清を患者に注射する治療方法です。この発展型が新型コロナウイルスの治療に用いられた抗体カクテル療法です。
<参考>
・mRNAワクチン・・・抗原情報の中で,抗体産生をするとき有効性の高い部分の遺伝情報をmRNAとしてヒトの細胞内に取り込ませて,自身の細胞に抗原情報となるタンパク質を合成させる方法。自身の細胞が合成した抗原情報となるタンパク質はやがて細胞外へ放出され,通常のワクチンと同様に,免疫系の一連の反応によって,その抗原情報に対抗する抗体が産生されます。
・抗体カクテル療法・・・カクテル療法とは,複数の薬を患者の病状や体質によって混ぜ合わせしようすること。新型コロナウイルス治療の抗体カクテル療法では,2種類の人工的に合成された抗体を組合せて使用されています。
○ 免疫システムに異常が発生すると様々な病気を発症する。
・・・緊急の場合の対応法も知っておこう。
免疫のしくみは,様々な原因で通常とは異なる応答をすることがあります。免疫反応が過敏に起こって私たちの体に不利益となることをアレルギーと呼び,アレルギーの原因となる物質をアレルゲンと呼びます。アレルゲンとなりうる物質は,花粉・ハウスダスト・薬剤・食品の一部などと様々で,個人によっても異なり,症状も同一という訳ではありません。また,やっかいなことには同一人物でも,花粉症など加齢とともに変化することもあります。
アレルギー反応は皮膚などの体の一部に起こることもありますが,全身に急激に起こる場合があります。全身に起こる急激なアレルギー現象をアナフィラキシーと呼び,アナフィラキシーよるアレルギー反応をアナフィラキシーショックと呼びます。アナフィラキシーショックでは,突然の血圧低下や呼吸困難などで生命の存続を脅かすものもあります。私も高校時代にミツバチに刺されて全身にじんましんができたことがあります。すぐに,近くの病院に運ばれたのでことなきを得ました。よく,一定期間で2回同種のハチに刺されると起こりやすいという説明がなされています。私の場合,ミツバチに刺された経験は豊富にあるのですが,アナフィラキシーショックが出たのは,この時だけでした。体調にも関係しているようです。いつも大丈夫なことでも,アナフィラキシーショックが起こることがあります。そのような場合には,救急車を呼ぶなど緊急対応が必要です。
私たちの体には,自分自身の細胞は攻撃しないという仕組みがあります。この自分自身の細胞が免疫システムから攻撃されないという仕組みを「免疫寛容」と呼びます。私たちは成長の過程で自己を攻撃するリンパ球を排除する仕組みをもっています。しかし,この「免疫寛容」の仕組みに不具合が生じると,「自己免疫疾患」と呼ばれる自分自身の細胞を攻撃してしまう病気を発症します。「関節リュウマチ」と呼ばれるリンパ球が自身の関節部の細胞を攻撃してしまう病気はその一例です。膝関節などに普段とは異なる違和感があるときは,まずは専門医に相談してください。
20世紀後半に世界に広がった病気の1つにエイズ(AIDS;後天性免疫不全症候群)があります。エイズはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染により引き起こされます。HIVは,大切な免疫の司令塔であるヘルパーT細胞に感染して増殖します。HIVは遺伝的な変異が大きく,常に少しずつ形を変えながら増殖しますので,感染者の免疫システムを上手にかいくぐります。ヘルパーT細胞の数が減少していきますので,通常の免疫システムが働きにくくなり,日和見感染症と呼ばれる通常なヒト(動物)では感染しないような病原体にも感染症を引き起します。エイズは最初の患者が男性同性愛者であったことから,様々なデマや誤解がちまたに溢れています。正しい情報を獲得するよう努めてください。HIVは,飛沫感染はしないので,過度に恐れる必要はありません。エイズをまだ発症していないHIV感染者は,少なからず身の回りにもおられます。どのような行動で感染する確率が上昇するかを学習して,正しい対応方法を学びましょう。もし,HIVに感染しても,多くの治療薬が開発され,最適な治療を行えば,エイズの発症を長期間にわたって抑え込むことができるようになっています。
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Ⅼ4 生物の多様性と生態系(生物基礎第3章)
○ 私たち,全ての生物は生態系の中で生きている。
・・・生態系の基本的構造を理解しよう。
近年,「持続可能な開発(Sustainable Development)」という言葉を多く耳にするようになりました。外務省のHPによれば、「持続可能な開発」の説明で以下のように記載されています。
「環境と開発に関する世界委員会」(委員長:ブルントラント・ノルウェー首相(当時))が1987年に公表した報告書「Our Common Future」の中心的な考え方として取り上げた概念で,「将来の世代の欲求を満たしつつ,現在の世代の欲求も満足させるような開発」のことを言う。この概念は,環境と開発を互いに反するものではなく共存し得るものとしてとらえ,環境保全を考慮した節度ある開発が重要であるという考えに立つものである。
個人的な感想を述べれば,「持続可能な開発」という言葉はそんなに新しくはないんだなどと思います。しかし,近年は地球環境問題として比較的大声で叫ばれるようになってきました。それは,人類の行ってきた開発など行為が,地球規模の災害を招くようになってきたからです。現在の私たちは,まだ,地球という星の上にのみ棲息しています。また,他の生物の体を食べないと生きることはできません。私たちは地球という天体で他の生物や周りの環境と複雑に関係し合いながら生存しているのです。
一定空間に棲息するすべての生物とそれらを取り囲んでいる環境をひとまとまりにして捉えたものを生態系(エコシステム)と呼び,その仕組みを研究する学問を生態学と呼びます。生態系(エコシステム)を研究する場合,対象となる空間は様々です。大きいものは,地球規模となります。
生態系の構成要素は,非生物的環境と生物的環境とに大別されます。環境とは,その生物の周りを取り囲んでいるものですが,その環境を大気・水・土壌・光・温度などの非生物的環境だけではなく,生態系内に棲息するすべての生物を生物的環境として捉え,ともに考えていこうというものです。生態系において,非生物的環境と生物的環境とは複雑に絡み合っています。その中で,非生物的環境から生物的環境への働きかけうを作用と呼び,逆に生物的環境が非生物的環境へ変化をもたらすことを環境形成作用と呼びます。生態系の中では,様々な作用と環境形成作用とがあり,その微妙なバランスの中で一定の安定が維持されています。生態の分野では,多種多様な生態系を様々な視点で捉え,分析していくことになります。
Ⅼ4-1 植生と遷移
○ それぞれの地域に生育している植物の集まりは外観(色・形・大きさ)が異なっている。
・・・身の回りの自然を外観で区別してみよう。
私たちが,様々な形で自然に接するとき,その空間の景色を形成しているのは陸上では多くの場所で,植物です。その場所に生育している植物の集まりを植生と呼び,植生の色・形・大きさなどの外観を相観と呼びます。地球上には,多様な相観を形成する植生が存在しています。それは,植物の生育には,光・温度・水が重要な働きをしていて,気候が異なる環境条件の基では,それぞれの環境に適応した異なる植物が生育するからです。相観はこの場所の環境条件に適応した植物の全体像ですので,相観の違いによってそれぞれの地域の特徴を捉えることができます。植生を相観によって大雑把に分類すると,森林・草原・荒原に分類されます。また,湖沼などの水の中には,水生植物が生育し,浅い場所では,湿原を形成します。それぞれの植生で,占有している空間の最も広い植物を優占種と呼び,アカマツ林やタデ原湿原のように,優占種や優占しているグループ名で,それぞれの植生を呼ぶこともあります。
植生を構成している植物は,そのおおよその形態から,木本植物と草本植物に大別されています。木本と草本とは,外観による大雑把な区別で,正確な定義はないようです。茎が硬く何年も大きく成長を続けるものを木本と呼び,柔らかく成長も1年もしくは主に数年程度で止まるものを草本と呼んでいる程度の理解で十分です。木本と草本とは,植物体の見た目ですが,「ウドの大木」でいうところのウドは木本ではありません。しかし,こんな話は,クイズだけで十分な気がしますね。
草本には,種子が発芽して一年の間に開花・結実し枯死する一年生草本(一年草)と,2年目以降も生存を続ける多年生植物(多年草)とがあります。身の回りの草本を調べてみると,一年で開花・結実していても以外に多年生植物が多いことに驚くと思います。
植物の外観は,その植物の生活と密接に関係しています。植物の生活様式を類型化したものを生活形と呼びます。植物の生活様式を捉える視点には,植物の外部形態・繁殖様式・休眠芽の位置などがあります。ラウンケア(ラウンケル)は,生育に不適な寒冷期や乾燥期に形成する休眠芽の位置(高さ)によって生活形を類型化しました。この類型はラウンケアの生活形と呼ばれ,休眠芽の位置が高い方から,地上植物,地表植物,半地中植物,地中植物,一年生植物に分類されます。ラウンケアの生活形を用いて世界各地の生活形の構成を比較すると,乾燥がきびしい砂漠では,乾燥期を休眠した種子でやり過ごす一年生植物の割合が多いなど,それぞれの生育地の環境に適応した特徴が見られます。
このように,相観や生活形は,その地域で植物が環境条件に適応したものになっているので,マクロ的視点で世界の植生を捉える手段として大変有効なものになります。
○ 森林を構成している植物の高さ(植生高)には規則性がある。
・・・森林の構造を受容できる光の強さで考えてみよう。
緑色植物は,光エネルギーを使用して植物体を成長させていきます。木本類は,一般に,草本類と比べて成長期間が長いので,成長を続けてうっそうとした森林を形成します。発達した森林では,最上部は木本類の葉で覆われ,地面付近はかなり暗くなります。森林の最上部を林冠と呼び,地面付近を林床と呼びます。林冠が多くの葉で覆われるようになると,森林内は,吸収できる光エネルギーが著しく少なくなり,そこで生育できる植物も限られ,種構成も変化していきます。林床では成長速度は遅くなりますが,その中には少しずつ成長を続け,次第に植生高(その植物の地面からの高さ)が林冠に迫るものも出てきます。発達した森林の縦断面を観察すると,林冠の下に層状の構造が発達しています。この林冠から林床までの層状の構造を階層構造と呼びます。低地のどんぐりの森(照葉樹林)では,林冠から順に,高木層・亜高木層・低木層・草本層・地表層(コケ層)と呼びます。階層に使用されている「高木」・「亜高木」・「低木」・「草本」・「コケ」などの名称は,その階層によく見られる植物のグループ名を代表して使用されているだけで,草本層は草本のみで構成されている訳ではありません。また,それぞれの階層に決められた高さが決まっている訳でもありません。
発達した森林では,森林の階層構造を決定する最も大きな要因は,そのそれぞれの階層が受容できる光エネルギーです。緑色植物は光エネルギーを利用して光合成を行い,光合成で合成した有機物を呼吸に利用して生活に必要なエネルギーを得ています。林冠に達していない植物は,みな,それぞれの階層の光エネルギーの量で生活芽可能なものになります。ですから,発達した森林では,それぞれの階層を構成している種は一定範囲に決まることになります。
森林の階層構造で取りあげた要素は生態系の中の光と光合成を行う緑色植物の関係のみです。緑色植物のように生態系の中で無機物から有機物を合成するものを生産者と呼びます。私たちは生産者の作ってくれた有機物を食べて生活しています。動物のように生産者などの他の生物が合成した有機物を食べて生活しているものを消費者と呼びます。細菌類や菌類のように生物の遺体を分解して生活しているものを分解者と呼び,分解者は消費者の一部に含まれます。生態系の生物的環境はその役割で生産者・消費者(分解者を含む)に区分されています。森林という1つの生態系で消費者はどのような役割を果たしているでしょうか。また,非生物的環境で生じる変化も無視できない場合もあります。様々な環境条件を加味しながら,これから生態系の仕組みを考えていきます。
○ 植生を構成する植物には大きく分けて2種類の生存戦略がある。
・・・植物は結果として生き残れる空間で生活することになることを理解しよう。
緑色植物の成長には光エネルギーが必要です。火山の爆発の後にできた裸地では,光エネルギーは十分供給されますが,地面に栄養分が不足しています。逆に,発達した森林の林床には,土壌が発達し栄養分は十分に供給されていますが,供給される光エネルギー量は小さくなります。火山の爆発の後にできた裸地は,多くの場所では時間の流れとともに森林へと変化していきます。植生が長い時間とともに次第に変化していくことを遷移とよびます。遷移の仕組みを理解するには,土壌形成の仕組みと植物の生存戦略(生き残るための作戦)とを理解する必要があります。ここでは,植物の光エネルギー獲得に関する生存戦略を考えます。
植物に必要な光エネルギーをより有利に獲得するには,他の植物より「より速く,より高く」成長できた方が基本的には有利に見えます。しかし,明るい場所で「より速く,より高く」成長できる木本類も成長には限界があり,森林はその土地の条件により,ほぼ到達できる植生高は決まっています。しかも,木本類が林冠を形成すると,その下部では獲得できる光エネルギー量は激減します。しかし,発達した森林では階層構造が見られます。それは,日当たりの悪い場所でも生育できる植物があるからです。日当たりのよい場所にのみ生育できる植物を陽生植物と呼び,日当たりの悪い場所でも生育できる植物を陰生植物と呼びます。木本では,陽生植物を陽樹,陰生植物を陰樹と呼びます。緑色植物が生き残るには,光合成で獲得したエネルギー量(収入)が呼吸で消費したエネルギー量(支出)より少ない必要があります。収入が少ない時は,支出を減らせればよいことになります。陰生植物は,少ない光エネルギー量しか獲得できなくとも,呼吸量を抑えることで生き延びているのです。陰生植物は「より速く,より高く」の競争で陽生植物に勝てなくとも,「より我慢できる」で対抗し生き延びているわけです。苦しい生活の中でも少しずつ貯金を蓄えている人のように,陰樹は成長速度が遅いのですか,少しずつ成長を続けることになります。「より我慢できる」という陰樹の生存戦略は,暗い森林の中ではたいへん有効となります。
ですから,陽生植物と陰生植物とでは,異なった生存戦略を用い,それぞれの生存可能な空間で最終的には生き残っていくことになります。
○ 発達した森林の土壌の縦断面は層状の構造を形成している。
・・・土壌の構造を土壌形成の仕組みとともに理解しよう。
「土」とは,岩石の表面が環境の働きで小さな粒子に変化したものです。「土」と土壌はほぼ同じ意味で使用されますが,生物では,岩石由来の微粒子に生物の働きでできた様々な物質を加えた複合体(混合物)を土壌と呼んでいます。土壌中には,非生物的環境由来の無機物と生物的環境由来の有機物とが含まれることになります。岩石の表面は風雨などの非生物的環境からの作用によって風化され,細かな粒子に変化していきます。そこへ生物が侵入すると,岩石の表面に生物の遺体などから有機物が供給され,土壌が形成されていきます。発達した森林の表面には,常に落葉・落枝などにより有機物が供給されています。落葉・落枝は,分解者の働きで細かく分解され次第に小さくなっていきます。落葉・落枝が分解者の働きで細かく分解されたものを腐植と呼びます。落葉・落枝などの分解や岩石の風化は,時間の経過とともに進行するので,発達した森林の土壌の断面は層状の構造を形成します。土壌の縦断面を4つの層に分けると,地表から,落葉・落枝の層,腐植層,風化した岩石の層,岩石層へと続きます。
このように,土壌は,生物と無生物の相互の働きかけによって形成されていき,やがて,裸地が時間の経過とともに森林へと変化を引き起こす土台となります。
○ 植生を構成する植物には大きく分けて2種類の生存戦略がある。
・・・植物は結果として生き残れる空間で生活することになることを理解しよう。
緑色植物の成長には光エネルギーが必要です。火山の爆発の後にできた裸地では,光エネルギーは十分供給されますが,地面に栄養分が不足しています。逆に,発達した森林の林床には,土壌が発達し栄養分は十分に供給されていますが,供給される光エネルギー量は小さくなります。火山の爆発の後にできた裸地は,多くの場所では時間の流れとともに森林へと変化していきます。植生が長い時間とともに次第に変化していくことを遷移とよびます。遷移の仕組みを理解するには,土壌形成の仕組みと植物の生存戦略(生き残るための作戦)とを理解する必要があります。ここでは,植物の光エネルギー獲得に関する生存戦略を考えます。
植物に必要な光エネルギーをより有利に獲得するには,他の植物より「より速く,より高く」成長できた方が基本的には有利に見えます。しかし,明るい場所で「より速く,より高く」成長できる木本類も成長には限界があり,森林はその土地の条件により,ほぼ到達できる植生高は決まっています。しかも,木本類が林冠を形成すると,その下部では獲得できる光エネルギー量は激減します。しかし,発達した森林では階層構造が見られます。それは,日当たりの悪い場所でも生育できる植物があるからです。日当たりのよい場所にのみ生育できる植物を陽生植物と呼び,日当たりの悪い場所でも生育できる植物を陰生植物と呼びます。木本では,陽生植物を陽樹,陰生植物を陰樹と呼びます。緑色植物が生き残るには,光合成で獲得したエネルギー量(収入)が呼吸で消費したエネルギー量(支出)より少ない必要があります。収入が少ない時は,支出を減らせればよいことになります。陰生植物は,少ない光エネルギー量しか獲得できなくとも,呼吸量を抑えることで生き延びているのです。陰生植物は「より速く,より高く」の競争で陽生植物に勝てなくとも,「より我慢できる」で対抗し生き延びているわけです。苦しい生活の中でも少しずつ貯金を蓄えている人のように,陰樹は成長速度が遅いのですか,少しずつ成長を続けることになります。「より我慢できる」という陰樹の生存戦略は,暗い森林の中ではたいへん有効となります。
ですから,陽生植物と陰生植物とでは,異なった生存戦略を用い,それぞれの生存可能な空間で最終的には生き残っていくことになります。
○ 光合成と呼吸とは細胞を単位として行われている。
・・・陽生植物と陰生植物の生存戦略を光合成と呼吸との量的関係で理解しよう。
緑色植物で光合成を行っている細胞も,勿論,呼吸をしています。光合成速度を調べる古典的な手法は,緑葉もしくはその断片を小さな容器の中に入れ,そこで起こる変化を二酸化炭素の吸収もしくは放出で測定するやり方です。下図は教科書でお馴染みの光の強さと光合成速度の関係を二酸化炭素吸収速度で示したものです。緑葉で光合成を行っている細胞は,光合成と同時に呼吸も行っていますので,光合成による二酸化炭素の吸収と呼吸による二酸化炭素の放出とが同時に起こっています。温度が一定であれば,呼吸速度は光の強さとは無関係に一定ですので,下図では破線のようになります。図では縦軸に二酸化炭素の吸収を正にとっていますので,呼吸による二酸化炭素の放出は負になります。一方,光合成による二酸化炭素の吸収速度は,しばらくは光の強さに比例して増加しますが,
やがて,一定になります。光の強さを強くしても光合成速度が上昇しなくなる光の強さを光飽和点と呼びます。光合成速度は,光飽和点までは光の強さに比例して上昇しますが,光飽和点より光を強くしても上昇しなくなります。これを下図で確認すると,二酸化炭素の吸収は,陽生植物・陰生植物ともにグラフは呼吸した分だけマイナスからスタートしています。光の強さが大きくなるとともに上昇し,やがて,二酸化炭素の出入りがゼロになる明るさに達します。この二酸化炭素の出入りがゼロになる光の強さを光補償点と呼びます。光補償点よりも光を強くすると光飽和点までは,光の強さに比例して光合成速度は増加します。光補償点・光飽和点ともに,陽生植物は陰生植物よりも高くなっています。
図の意味を生存戦略という視点で見てみます。図で矢印は,黒が光合成速度,カラーがそれぞれの呼吸速度を示しています。それぞれの曲線でゼロから上の部分を見かけの光合成速度と呼び,以下の式で示されます。
光合成速度 = みかけの光合成速度 + 呼吸速度
みかけの光合成速度 = 光合成速度 - 呼吸速度
(参考;貯金できるお金 = 総収入 - 総支出)
生存戦略を考える場合,上の式のみかけの光合成速度を考えます。家計を考えればわかるように,総収入が総支出を越えるとやがて生活は困窮します。みかけの光合成速度がプラスでないと,その植物は成長にエネルギーをまわせません。陰生植物は光の強さが小さい場所でもその光補償点以上であれば,何とか成長できるようになります。これに対して,光補償点の高い陽生植物は,森の林床のような暗い場所では成長できません。しかし,裸地のように十分な光があたる場所では,陰生植物より速く成長できることになります。明るい場所はいつの間にか陽生植物に覆われた藪のような状態になりますが,陰生植物が枯れてしまうわけではありません。裸地は時間の経過とともに植生が変化していき,やがて,陰樹林になっていきます。林冠を陰樹の葉が覆うようになると,陰樹の葉も十分な量の光エネルギーを得ることができるようになります。陰樹の葉は,林床で踏ん張っているときは,葉を広く薄くすることにより,受光量を最大限に増やし,呼吸速度を抑えています。しかし,林冠では葉をコンパクトで厚くし,呼吸速度も上昇しますが,光合成速度を増加させます。陰樹が形成する広くて薄い葉を陰葉,コンパクトで厚い葉を陽葉と呼びます。陰樹は陰葉と陽葉という大きさと機能とが異なる葉を巧みに利用して安定した森林を形成することになります。
(参考)
図は緑葉の光の強さと二酸化炭素の出入りについて示したものです。植物体は光合成を行っている葉緑体をもった細胞のみで構成されているわけではありません。葉緑体を含んでいる細胞の集団を同化組織,葉緑体を含まない細胞の集団を非同化組織と呼びます。同化組織の細胞は,非同化組織の細胞の生活をエネルギー的に支えなくてはなりません。それに加え,光合成のできない夜の分や悪天候の日の分などにも備える必要があります。ですから,植物体は光補償点以上光があれば,生活が成り立つという単純なことにはならないわけです。木本などの寿命の長い植物の生き残りについては,少し長い期間について考える必要があります。家計を一日の収入と支出とだけでは考えることができないのと同じことです。
○ その場所の植生は基本的には一定の方向へ変化する。
・・・まず,裸地から始まる変化を理解しよう。
植生が時間の経過とともに変化していくことを遷移と呼びます。遷移の基本モデルは,裸地からスタートする乾性遷移です。火山噴火などで裸地が出現すると,最初はなにも生えていませんが,やがて,その場所に植物が侵入し,長い年月をかけて森林が形成されていきます。火山の多い日本では,伊豆大島,富士山,桜島など多くの場所で乾性遷移の過程を観察することができます。数回にわたって様々な方角に溶岩を噴出している火山では,溶岩が冷えて固まった年代の差により,遷移の過程を同時に観察することもできます。
溶岩が固まると,その表面は風化により細かな粒子が形成されます。そこに乾燥に強いコケ植物や地衣植物が侵入します。コケ植物は湿った場所でよく観察されることから,水辺のイメージが強いですが,乾燥に強い種類もあります。裸地に侵入したコケ植物と地衣植物は岩石の表面を変化させ,風化作用とあいまって次第に土壌が形成されます。土壌が集積する場所では,草本類が侵入して荒原を形成します。岩石の風化,土壌の形成と集積により,荒原は草原へと変化します。土壌形成が更に進むと,木本類が侵入して低木林を形成します。侵入した木本類には陽樹と陰樹とがありますが,明るい場所では成長が速い陽樹が先に成長して,やがて,林冠を優先し,陽樹林を形成します。成長の遅い陰樹もやがて林冠まで成長し,陽樹と陰樹が混じった混交林(陽樹・陰樹混合林)を形成します。林床が暗くなると,陽樹の幼木は育つことができず,林冠の陽樹が枯れると,混交林は陰樹林へと変化していきます。陰樹の幼木は暗い林床でも少しずつ成長しますので,林冠の陰樹が枯死しても亜高木層の陰樹が入れ代わり,陰樹林は全体として大きな変化を生じない安定な状態に達します。この安定した森林の状態を極相(クライマックス)と呼び,極相に達した森林を極相林と呼びます。
裸地 → 荒原 → 草原 → 低木林 → 陽樹林 → 混交林 → 陰樹林
乾性遷移は,基本的には上記のような順に進みます。乾性遷移を理解するのに重要なことは,土壌形成と光に対する適応戦略です。裸地は,明るく乾燥した場所に強いコケ植物・地衣植物により開墾され,環境の作用と自らの働きで作り出した土壌によって他の植物へ置き換わっていきます。土壌形成の流れは継続し,相観が変化していきますが,最後は安定した陰樹林となっていきます。
(参考)
地衣植物は遷移の過程では必ず名前がでてきますが,生物の分類では昔から参考程度の取り扱いをされてきました。生態系では重要な働きを担っているのに,分類群として取り扱いは明確ではありません。活動報告「八女の自然に親しむ会2019年~」の中で,種名が登場していますが,それは専門家に近い方が居られるからです。その方でも,「レプラゴケのなかま」としか紹介できないものもあります。教科書などでは,地衣植物は藻類と菌類の共生として紹介してあります。分類はかなり難しく,このホームページでは,ある程度確度があるものだけに,標準和名を紹介しています。近年の研究から,思いの外,沢山の生物間に共生の関係があることがわかってきています。地衣植物は,生物の存在の基本形の1つを私たちに教えてくれている気がします。
○ 湖沼から始まる遷移も土壌が重要な働きをしている。
・・・水深が浅くなると乾性遷移と同じ仕組みが働くことを理解しよう。
湖沼から始まる遷移を湿性遷移と呼びます。火山活動や地殻変動などで新しく湖沼が形成されることがあります。新しく形成された湖沼では,多くの場合周辺から土砂や生物の枯死体が流入して次第に浅くなっていきます。湖沼や水辺に生育している植物は,植物体が全て水中に沈んでいる沈水植物(クロモ,オオカナダモなど),葉が水面に浮いている浮葉植物(ウキクサ,スイレン,ヒシなど),茎や葉の一部が水上に出る抽水植物に分類されます。
植物の生育可能な条件が整うと,やがて,植物が侵入してきます。光合成を行う緑色植物の生育には,補償点以上の光が必要ですので,水深が重要になります。水深が浅くなった場所には,沈水植物や浮葉植物が侵入し,岸部付近には抽水植物が侵入してきます。これらの植物が侵入すると,土壌形成が進み,水深はさらに浅くなります。
水深が浅くなり,表面に水面が見えにくくなるとと湿原と呼ばれるようになります。湿原で土壌形成が進み,水の供給が減少すると草原に変化していきます。いったん草原が形成されると,その後は乾性遷移と同じように変化していき,極相に達します。
○ 遷移の過程は様々な要因で変化する。
・・・自然界は一定方向の変化だけが起こっているわけではないことを理解しよう。
遷移の学習をした後に森を見てみましょう。身の回りの森は,全て極相林という訳でもありませんし,安定した陰樹林を構成している植物も陰樹ばかりではありません。多くの陰樹林を構成している植物には一定割合の陽樹が含まれています。これは,遷移の過程が必ずしも直線的・不可逆的なものではないことを意味しています。
土壌が形成されていない状態から始まる遷移を一次遷移と呼びます。一次遷移には先にあげた乾性遷移と湿性遷移があります。一方,山火事や台風の被害をけせた場所など,すでに土壌が形成されているあき空間から再スタートする遷移を二次遷移と呼びます。
二次遷移は,身近には耕作放棄地や住宅建設予定地などでもしばしば見られます。耕作放棄地が,一年草のシロザや多年草のヨモギで覆われているのを見かけることがあります。そこが更に放置されると木本類が侵入してきます。木本がいったん侵入してしまうと,農耕の再開が困難になりそのまま放置されてしまうことがおります。そのまま放置が続くと,乾性遷移と同じ道をたどります。
成熟した陰樹林にも陽樹が混じっています。これは,台風や雷によって一部の木が倒れて明るい空間が乗じるからです。森林の中にできた明るい空間をギャップと呼びます。キャップでは陽樹も生育できるので,陽樹がギャップで生育するので極相林にも結果的に陽樹が混じることになります。
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Ⅼ4-2 気候とバイオーム
○ 地球規模の植生の分布は概ね気候によって決まっている。
・・・年平均気温と年降水量との違いによって植生が変化することに注目しよう。
地球は球体で太陽の周りを自転しながら公転していますので,その場所の緯度や地形によって気候が異なります。気候の違いにより生育する植物も異なります。地球規模で生態系を捉える方法としてバイオームがあります。バイオームとは,一定の相観をもつその地域の生物のまとまりをいいます。その地域の相観を形成するのは植物ですので,バイオームは植物を中心とした分類になります。
世界の陸上バイオームの分布はその土地の年平均気温と年降水量でほぼ決まるようです。
年降水量が多く,年平均気温が木本の生育可能な場所であれば,バイオームは森林になります。年降水量が少なく森林を形成できない場所では草原となります。年降水量が少な域地や低温な場所では,バイオームは荒原となります。
森林を地球規模でみると,高温で多雨の低緯度地帯では,熱帯多雨林・亜熱帯多雨林がみられます。緯度があがると,年平均気温と年降水量とはともに減少しますので,照葉樹林・夏緑樹林・針葉樹林へと変化します。雨緑樹林(モンスーン林)は,熱帯・亜熱帯のモンスーン(季節風)により雨期と乾期がある地域に発達します。夏少雨で冬に雨が多い地中海性気候では,オリーブのように小さくて硬い葉(硬葉)をもつ植物が優占する硬葉樹林が発達します。
低緯度の草原は,サバンナと呼ばれ,イネ科を中心とした草原に木本が点在いています。アフリカでキリンが餌を食べている光景を想像してください。温帯の草原はステップと呼ばれます。プレーリードッグが動きまわっている草原を想像してください。
年降水量が極端に少ない場所では砂漠が発達します。寒冷地の荒原はツンドラと呼ばれます。ツンドラでは,凍土層が地表近くに達しており,植生は地衣植物やコケ植物などの限られた植物群で構成されています。
○ 日本列島は南北に長いので,様々なバイオームがある。
・・・日本列島のバイオームは主に年平均気温で決まることを理解しよう。
周囲を海に囲まれている日本列島には十分な年降水量があります。日本列島のバイオームは地形と年平均気温でほぼ決まります。
緯度の違いによる水平方向のバイオームの分布を水平分布と呼びます。日本列島のバイオームは,十分な降水量があるのでほぼ森林になります。南の地方から,亜熱帯多雨林・照葉樹林・夏緑樹林・針葉樹林と変化していきます。原始の風景は低地の平野部には広大な森が広がっていたと思われます。
温度は標高によって変化します。夏山にいくと涼しく感じたことがあると思います。標高の違いによる垂直方向のバイオームの分布のことを,垂直分布と呼びます。標高が千メートル上がる毎に約6℃程度気温が低下すると言われています。垂直分布の説明は,標高が高い本州中部の山岳地帯を用いて説明されます。一般に,標高の低い方から,底地帯(丘陵帯),山地帯,亜高山帯,高山帯に分類されています。本州中部では,底地帯(丘陵帯)には,照葉樹林が発達し,山地帯では,夏緑樹林が発達し,亜高山帯では針葉樹林へと変化します。更に標高があがると,高木が生育できない森林限界となります。森林限界より上は,ハイマツなどの低木林や,シナノキンバイやハクサンイチゲなどの高山植物からなるお花畑(高山草原)がみられます。阿蘇や秋吉台などに広がる広大な草原は山焼きなど,ヒトの手によって維持されたものです。
なお,沖縄や南西諸島の丘陵帯では,亜熱帯多雨林が発達します。
Ⅼ4-3 生態系とその保全
Ⅼ5 生命現象と物質(生物第1章)
Ⅼ6 生殖と発生(生物第2章)
Ⅼ6-1 優性生殖
Ⅼ6-2 動物の生殖
Ⅼ6-3 植物の生殖
記事の都合により一部を先に作ります。
○ 植物の花形成(花の発生)にも調節遺伝子が働いている。
・・・モデル生物のシロイヌナズナの花形成の仕組みをABCモデルで考えてみよう。
モデル生物とは,実験や系統維持がしやすいなどの特徴を備えていて,集中的に研究されている生物のことです。その生物を代表して研究することで生物学の普遍的な理解が進むと考えられています。シロイヌナズナは植物のモデル生物です。アブラナ科に属し,ナズナの仲間(シロイヌナズナ属)です。繁殖力は強いようで,現在実験室以外でも外来種として道端や草地などで観察されるようです。シロイヌナズナはゲノムサイズが比較的小さいことから,20世紀末には,植物としては初めて全ゲノムが解読されています。植物の花形成の仕組みは,シロイヌナズナの変異体の研究によって解明されていきます。シロイヌナズナの花は菜の花を小さくした構造で,外側からがく片4,花弁4,おしべ6,めしべ1となっています。シロイヌナズナの変異体は以下の3つのグループに分けられています。
外側から 領域1 領域2 領域3 領域4(中心部)
グループⅠ めしべ,おしべ,おしべ,めしべ・・・遺伝子Aが働かない
グループⅡ がく片,がく片,めしべ,めしべ・・・遺伝子Bが働かない
グループⅢ がく片,花弁, 花弁, がく片・・・遺伝子Cが働かない
野生型 がく片,花弁, おしべ,めしべ
グループⅠ~Ⅲのような花形成でホメオティック突然変異を引き起こすホメオティック遺伝子(群)を,それぞれA~Cとします。野生型と比較して変異が発現している領域の色を変えると,花形成に関する領域を外側から中心部へ向かって領域1~4に区分することができます。野生型では,遺伝子Aは領域1・2,遺伝子Bは領域2・3,遺伝子Cは領域3・4で通常働いていると考えられます。野生型では,領域1で遺伝子Aのみが働きがく片を形成し,領域2で遺伝子AとBが働き花弁を形成し,領域3で遺伝子BとCが働き花弁を形成し,領域4では遺伝子Cのみが働きめしべを形成していることになります。この花形成に関する遺伝子の働きの関係が遺伝子の変異後も変化しないと仮定して,変異体のグループⅠ~Ⅲの変化を考えてみます。グループⅠの領域1では,めしべが形成されているので遺伝子Cのみが働き,領域2ではおしべが形成されているので遺伝子BとCが働いています。結果的には,遺伝子Aが働かないと,遺伝子Bの働く領域は変化しませんが,遺伝子Cは領域1~4の全ての領域で働いています。グループⅡでは,単純に領域2及び3で遺伝子Bが働かないことで説明できます。グループⅢでは,グループⅠの逆で,遺伝子Cが働かないと遺伝子Bの働く領域は変化しませんが,遺伝子Aは領域1~4の全ての領域で働くことになります。遺伝子Aと遺伝子Cは単独では,全領域で働くことができますが,共存すると遺伝子Aは外側,遺伝子Cは内側で働くように調節されていると考えられます。以上のように,花形成に関係するホメオティック遺伝子を3つのグループに分け,それぞれの働きと活動している場で花形成を説明した考えをABCモデルと呼びます。現在,シロイヌナズナ以外の花形成でもABCモデルで説明されるものがあります。
Ⅼ10-4 アケビの仲間の花形成をABCモデルで説明してみよう
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